Act:24
悲鳴と怒号が飛び交う。
笑顔が溢れ返っていた大通りは、一瞬にして混乱の中に飲み込まれていた。
俺とカリストの周りに、騎士団幹部と執政官が集まって来る。それぞれが口々に意見を出し合うが、混乱と不安は彼らをも蝕んでいく。一つとして方針がまとまらない。
こういう時は頭が必要なのだ。正しい命令を下せるか、ではなく、皆の意見を集約させることができる真ん中の目印が。
お父さまならどうするだろうか?
きっと、一喝するだろう。
「落ち着きなさい」
俺の静かな、しかし力を込めた言葉に、皆が俺に注目し始めた。
俺に、長らくこの世界でリムウェア侯爵家を守って来た彼ら重鎮たちよりも優れた案を出す能力などない。ただ、お父さまの娘として、彼らが集まるべき寄る辺になれたらと思うだけだった。
「カリスト、騎士団本隊を率いて市民の避難誘導を。執政官さま?」
俺は主席執政官を見る。
「収容人数から、行政府か教会の大聖堂しかないでしょう」
「ではそれで行きます。城にはまだ残ってらっしゃるゲストもいます。警備を厳に」
「はっ!」
カリストが頷く。
「執政官の方々は、急ぎ行政府に」
「わかりました。対策本部を設置し、支援体制を布きます」
「あわせて情報収集を」
主席執政官が俺を見て少し驚いたような顔をする。いつも無表情な彼には珍しいことだった。
「心得ました」
執政官たちは頷くと、話し合いながら走り去っていく。ギリアムはその最後まで残ると、俺を心配そうに見た。俺は静かに頷く。
ギリアムは口を噛み締め、一礼すると他の執政官を追った。
「カリスト、各街区の警備隊に伝令して、戦力を集結させましょう」
「外周部隊からはいかがしますか?」
俺は城壁の方を睨む。
「外から追撃が来ると思いますか?」
「可能性はあるかと」
街の周囲を警備している部隊から戦力を引き抜けば、外の守りが薄くなる。魔獣がどこから湧いて出たか分からない以上、それはさらなる敵の侵入を許してしまう可能性がある。
「では一個中隊のみ中に」
「はっ」
「それと銀器を装備した3隊を私に預けて下さい。迎撃の指揮に出ます。戦力が整うまで、食い止めないと」
「はっ…?いや、危険です!お嬢さまは退避を!ここは私が!」
俺の命令に、カリストが目を見開いた。信じられないという風に首を振る。
俺はカリストに微笑みかけた。自分を落ち着かせる意味も込めて。
「私では、大人数を指揮しての避難誘導は厳しいです。市民を混乱させないためにも柔軟な部隊運営が求められる。騎士団副団長たるあなたにしかできません」
我先に逃げ惑う無数の民衆を無事に誘導するには、部隊指揮をきちんと学んだものでないと無理だ。
その反面、侯爵家の人間はそこにいるだけで旗頭になる。戦力終結の目印になることができるだろう。
「それに、城の兵力をまとめて部隊編成をしなければなりません。迅速な編成は私では無理です。カリスト、お願いします」
それに、今は一刻も早く一人でも多くの人を助けたい。
俺は微笑んでカリストを見つめた。まるで昨日の舞踏会の繰り返しだな、と思う。
「シュバルツを呼べ」
苦虫を噛み潰したような表情で、カリストは部下に命じた。
直ぐに駆け寄って来たのは、全身鎧に兜をかぶり、幅広の大剣を背負った男だった。無精ひげと縦に傷の入った顔に笑みを浮かべて、俺に崩れた敬礼をする。
「シュバルツ、3隊率いてお嬢さまの指揮下に入れ。各地の警備隊を貴下に組み込む許可を与える。外周部隊、城からの増援が着くまで、この場を死守せよ」
「了解!」
シュバルツが獰猛に笑う。まるで状況を楽しんでいるかのようだ。
「しかし副団長、お嬢さまはいらないんじゃないか」
本人を前にしてのその言動に俺は可笑しくなって思わず笑ってしまった。
上目遣いに俺はシュバルツを見上げた。
「私が背にいた方が、兵の士気も高まるでしょう?」
「そりゃそうでしょうが」
シュバルツが分厚い胸板の前で腕を組む。
「それに、あなたが守ってくれれば大丈夫では?」
俺は悪戯っぽく笑った。
照れたようにシュバルツはその厳つい顔を背けた。
「こりゃ男勝りもいいところだ」
そして小さな声で呟く。
聞こえてるし。
それに男だし。
「では行動を。カリスト、私に銀器の武器を」
俺は一転して真面目な顔を作る。銀器は、俺のように才能のない者が魔獣と戦うために作られた、ブレイバーの銀気を添加した武器だ。これがあれば、俺でも魔獣を倒せる。
カリストが一礼して準備に入る。
「おら、カインとゴルド!お前らの隊は俺と突撃だ!」
シュバルツが身を翻す。
俺は…。
震える膝を必死で押さえつけていた。
カリストから女騎士用のブレスプレートとガントレットを借り受ける。礼装の上からでも少し大きかった。調整ベルトをめい一杯絞ってもらう。
「うん、ちょっと胸がぶかぶかかな」
銀に磨き上げられた装甲面を叩く。動きには支障はなさそうだが…。
何故かカリストが気恥ずかしそうに顔を背けた。カリストはそのまま剣を差し出してくれた。
反りが僅かに入った片刃の長剣だった。柄が長く、両手で握れる。両刃の騎士剣よりずっと使い易そうだった。
「この剣は、カナデさまのためにガレス団長が用意していた剣です。団長が戻られたら、これで一勝負したいと話されていました。もちろん銀器です。魔獣にも有効です」
俺は無言で頷く。
ガレスの好意、無駄にはしない。
「カナデさま。どうか、ご無事で」
「カリストも。避難誘導と増援部隊の件、頼みます」
カリストは力強く頷くと、部下を引き連れ走り去る。
剣帯に新しい剣を差した俺は、既に隊列を組み終えている隊の後方、シュバルツの隣に並んだ。
騎士隊の最小編成は騎士3兵6の9人。それが3個隊で、27人が三列横隊を組む。
「で、どうするんだ、大将」
隊列最後衛で腕組みをしたシュバルツが隣の俺を横目で見た。
「まず大通りの魔獣を西大路まで押し返しましょう」
「で?」
「交戦中の西地区警備隊と合流して、できれば人気のない運河方面に誘導したい、です」
俺は頭の中に、インベルストの地図を必死に思い浮かべた。
「了解だ。簡単な仕事だぜ。援軍が来る前に片づくな、こりゃ」
シュバルツはにっと笑う。己の強さに絶対の自信を持つ者の凄みが漂って来る。
「お嬢さまはここに残ってくれてかまわんぞ」
茶化すようなその言葉に、俺はきっとシュバルツを睨み上げた。
「ここで戦わずして、何のための侯爵家ですか」
いざという時に民を守って盾となる。民を導く。だからそこ、領地の主として認められるのだ。
お屋敷の人たち。行政府の人たち。俺に声をかけてくれた街の人たち。祭りを楽しんでいた子どもたち。そして、お父さま。
全く寄る辺のないこの世界で、俺を助けてくれた多くの人たちのために、俺は今、ここで引くことはできない。
「騎士団のみなさん」
隊列が一斉に俺の方を向いた。
俺は一歩進み出る。
「カナデ・リムウェアです。みなさんと剣を並べられる事を誇りに思います。私達の周りには、まだ逃げ遅れた市民の皆さんがいます。どうか、彼らを守るために、その力を貸して下さい」
隣でがシュバルツがはっと笑うと、まったくホントに男前だぜ、と呟いた。
「野郎ども!お嬢さまのお言葉は聞いたな!手始めに目の前の黒虫どもを潰すぞ!俺らの後ろには、お嬢さまがいらっしゃる。男を見せる時だ!」
シュバルツが大声を張り上げる。
「「応っ!」」
響き渡る悲鳴を切り裂き、兵士たちが拳を突き上げた。
「総員抜剣!」
シュバルツの号令で一斉に白刃が煌めく。
俺も剣を抜き放ち、両手に構えた。
「突撃する!敵を駆逐せよ!」
俺は力の限り叫んだ。
横列を組んだ戦士たちが、気合いの叫びを上げながら、通りを駆ける。
軍靴が石畳を蹴る。
敵集団があっという間に近づく。
「敵は狼と蜘蛛、それに大トカゲ野郎のみだ。雑魚だぜ。食い散らかせ!」
シュバルツが咆哮を上げながら、嬉々として魔獣の黒い塊に踊り込む。でたらめもいいところな巨大な剣を振り回し、次々と魔獣を屠っていく。まるで剣の暴風雨だ。
隊の最前列が魔獣の群れに接触する。牙と剣、爪と鎧のぶつかる激しい音が響き渡る。それを飲み込みように魔獣が吼える。それを飲み込むように、騎士たちが吠えた。
既に交戦していた祭りの警備隊は壊滅的だ。傷つき、倒れた兵や騎士たちがあちらこちらに横たわる。その中には、ちらほらと倒れ伏す一般市民の姿もあった。
くそっ!
くっ!
俺は唇を噛み締め、剣の柄を握り込んだ。
「警備隊は一旦下がれ。隊を立て直せ!市民の方々は早く避難を!城か教会に逃げてください!」
怒号と咆哮が響き渡る中を、俺は必死に声を張り上げた。
く、何でこんな事に…!
最前列にぶつかった魔獣の群れが押しつぶされるように左右に別れた。それをカバーするように、2列目、3列目が左右に展開する。その後方に俺、俺を守るように騎士2人が俺の前につく。完全に魔獣の群をせき止める包囲網が出来上がる。
しかし…。
「4匹抜けた!」
魔獣の数に対して包囲網が薄い。1人で相手に出来ない数が同時に殺到すると、包囲網を飛び出す魔獣が現れる。
動きの早い狼型だ。
「あちらを!」
俺は護衛の騎士に飛び出して来る魔獣を止めるように命じて、俺自身もその一匹に向かった。
近くの露天に隠れていた母親と子どもが、魔獣の接近に耐えきれなくなって悲鳴を上げた。それに釣られるように、狼型がそちらに頭を向けた。
赤い目が光る。
まずい…!
俺は全力で走る。
屋台に飛び込み、その柱を食い千切る狼型。木材が折れる音がバキバキと不吉に響く。たまらず親子が走り出すが、子どもの足では到底逃げ切れない。
「あああああ!」
知らない間に、俺は叫んでいた。
銀の髪を振り乱して親子と狼型の間に割り込む。
ズラリと並んだ狼の禍々しい牙が眼前に広がった。
その瞬間、あの時の、この世界に来たあの森の記憶が甦る。
あの時はただ優人に守ってもらうだけだった。
だが、今は違う。
負った責任と受けた恩のために、俺は剣を抜く。
俺は無我夢中で剣を振り上げていた。
切っ先は、驚くほど簡単に魔獣の首を跳ね飛ばした。反転する首の真っ赤に光る目が、力を失ったかのようにすっと消えていく。
何かを斬った手応えは皆無だった。
斬られた魔獣は、死体が地面に落ちる前に、黒い霧となって霧散した。
忘れていた胸の鼓動が戻って来る。
「カ、カナデさま…?」
尻餅をついたままぽかんとした母親が、呆然と俺を見上げた。
「かなでさま、かなでさま!」
男の子が意味もわからず俺の名前を連呼する。
俺はその頭をそっと撫でてやる。そして母親に手を差し伸べた。
「早く避難して下さい。教会か、城に。騎士の誘導に従って下さい。さぁ、早く」
「あ、ありがとうございます!」
母親は慌て頭を下げると、子どもの手を引いて走り出した。
俺はその背中を見送らず、前線に向き直る。
騎士達はぐっと前線を押し上げていた。
いける!
「2匹、抜けた!」
「まかせて!」
剣を振り、髪をなびかせ、俺は走る。
大通りに出て来た魔獣の一団を駆逐した段階で、状況は一旦落ち着いた。散発的に生き残りの魔物が発見されるが、各個に仕留められていく。
俺は額に浮かんだ汗を拭い、街路樹にもたれ掛かった。肉体的な疲労よりも、市民を逃がしながらの戦闘に精神的な疲れが溢れてくる。 大剣を担いだシュバルツがこちらにやって来た。右腕の真新しい傷から少し血が垂れていたが、そんな事などお構いなしにニタニタ笑っていた。
「やるな、お嬢さま。若い頃の父君みたいだったぜ」
「…お父さまといっしょに戦ったんですか?」
「ああ、俺がまだ騎士見習いの頃にな。ありゃ確かに獅子候と呼ばれるだけはある、苛烈な戦い方だったぜ」
お父さまの若い頃は、非才な剣士にして指揮官だったとガレスから聞いた事があった。そんな人と並ぶと賞されては、なんだか気恥ずかしくなる。
俺は自然と緩む頬を隠すように俯いた。
「あー、ちょっと勘違いしてるかな。剣の腕が、と言ってるんじゃない。指揮官で貴族さまなのに、前線に突っ込んで行っちまう事を言ってるんだ」
俺は笑顔がぴしっと固まるのがわかった。
そこを突っ込まれると弱い…。
「伝令!」
そこに兵士が1人飛び込んでくる。先ほど西大路に斥候に出した兵だ。
「魔獣第2波が接近!路地などにも浸透しつつこちらに来ます。先程の倍はいます!」
俺は唇を噛み締め、剣を握る手に力を込めた。
胸がざわざわする。
「ふん、そうだろうさ」
シュバルツが口元を歪めて西大路に向かって歩き出した。
「路地から奇襲されては危険です。西地区から大通りに出さないように、各路地の出口で待ち構えましょう。相互にフォローしながら、増援が来るまでここで持ちこたえます」
俺の意見に、微かに頷いたシュバルツは、ハンドサインを交えながら部下達を配置していく。
俺は西大路の奥を睨見つける。
西地区からは黒煙が立ち上り始めていた。敵の全容はまだわからない。
平和な日々が懐かしくなります。
この戦いが終わったら、息抜きしましょう。
また読んで頂けると嬉しいです。
ありがとございました。




