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雪色エトランゼ  作者:
第2部
113/115

Act:113

 舞い散る無数の羽の中で、俺とシリスは黒騎士に対峙する。

 禍々しく突き出した角が威圧的な漆黒の鎧。俺たちを見据える赤の目。

 今までなら、その姿を見ただけでどうしようもなく怖くて、怖くて、足が竦んでしまっていただろう。

 しかし、今は。

 何だか不思議と、黒騎士に怯んでいない自分がいる。

 初撃を無視されたように、銀気を持たない俺の攻撃なんか、黒騎士に通じる筈がないのに。

 何故だろう。

 俺は、心のどこかで、戦えると確信していた。

 この決意をさせてくれたのは、今、黒騎士を挟んで剣を構えているシリス。

 こんなにも変わってしまった俺を、笑顔で受け入れてくれた優人たち。

 俺に居場所を与えてくれたお父さま。

 優しかったインベルストのみんな。

 共に戦った王都のみんな。

 俺が出会った全ての人たち。

 だから、俺は戦うんだ。

「矮小な人間ども。我を地の底に封じた報いを受けよ」

 低い声で何事か唱えた黒騎士が、身をたわませる。

 そして次の瞬間、俺はその姿を見失う。

 次に黒騎士の姿が結像したのは、シリスの眼前で赤い剣を振り上げている瞬間だった。

 とっさにシリスが銀色の剣を差し出す。

 赤い剣が振り下ろされる。

 ぶつかる刃と刃。

 鋼が激突する激しく甲高い音が響き渡った。

「ぐうっ!」

 防御したシリスが押し込まれる。

 させない!

「やああああっ!」

 瞬間、俺は地を蹴っていた。

 腰だめに刃を突き出し、刺突の構えで突撃する。

 無防備な黒騎士の背中。

 狙う。

 背甲の鎧の隙間。

 致命傷や大ダメージなど望まない。

 一瞬でいい。

 気をこちらにそらせれば……!

 全体重を乗せる。

 ぶつかる。

 うっ。

 まるで岩壁に激突したかのような衝撃に、息が詰まり、手が痺れた。

 くっ!

 しかし黒騎士は、ぎろりと俺を見た。

「アネフェア……我は、ワレハ……」

 低く轟く声は、アネフェアを想う憂いを帯びたヴァンの声ではない。

 ただの妄執の塊。

 地の底から響いて来る暗い声だった。

 赤い剣が唸る。

 俺は半身を開いて回避した。

 眼の前、すぐ側を、赤い剣が通り過ぎる。その刃が、深々と地に突き刺さる。

 俺はその刃を足掛かりに跳躍すると、横一閃。黒騎士の面防を強打した。

 ガチっと火花が飛んだ。

 手応えはない。

 ふわっとコートと髪が広がった。

 黒騎士が空手を伸ばす。俺を捕まえようと。

 落下中の俺は、身動きが取れない。

 そこに……。

「おおおっ!」

 シリスが銀色に輝く剣を振り被り、黒騎士の背後から斬り掛かった。

 瞬間的に、両手で背後に赤い剣を回す黒騎士。

 そこに、シリスの聖剣がぶつかった。

 拮抗する2人。

 俺はその間に、後ろに飛び、大きく間合いを取った。

 そのまま押し込もうとするシリスの腕を、不意に黒騎士が掴んだ。そして、ひょいと無造作に投げ飛ばした。

 見事に一回転するシリス。

 しかし、シリスもされるがままではない。

 回転しながらも横薙ぎに剣を振るい、黒騎士の兜に一撃を加えた。

 聖剣の斬撃に、思わず黒騎士がたたらを踏んだ。

 シリスは斬撃の勢いで黒騎士から遠ざかると、ざざっと俺の隣に着地した。

「さすがに手強いな」

 こんな時でも不敵な笑みを浮かべたシリスが、俺にだけ聞こえるように、そっと呟いた。

「ここは、私が気を引きます。その隙に、シリスがダメージを与えて下さい」

 俺も前を睨んだまま応える。

 シリスが、くくくっと喉を鳴らした。

「無茶な突撃はカナデの専売特許だったな。今はそれが頼もしい」

 ……また人を無謀突撃常習犯みたいに。

 俺はむうっとシリスを横目で睨み上げた。そして、ふっと笑った。

「タイミング、あわせて下さい」

「お前の背中は俺が守る」

 シリスがにやりと頷く。

 それを合図に、剣を低く構えた俺は、再び突撃を仕掛けた。

「帰るのだ。星の世界に。このような矮小な地、チ、チ、チデハナイ。我ノ世界ニ!ア、アネ、アア、ガガガ!」

 走りながら、俺はパチンと納刀する。

 ……ヴァンの様子がおかしい。

 これではまるで、かつてお父さまを呪おうとした黒騎士や、黒騎士化したラブレの様ではないか。

 ヴァンは天を振り仰ぎながら、だらりと腕を下げ、無造作とも言える姿勢で立ち尽くしていた。

 そうだ。

 ヴァン自身が言っていた。

 力に飲み込まれる、と。

 まさに今のヴァンは、黒騎士という力に完全に飲み込まれようとしているように見えた。もしかして、禍ツ魔獣の力が強まっているのかもしれない。

「ヴァン!ヴァン・ブレイブ!」

 俺は叫ぶ。

 まだヴァンの意志が残っているのなら……!

「ヴァン!止めなさい!アネフェアさんが守ったものを、あなたが傷つけてはいけない!」

 黒騎士がぐらりとこちらを向いた。

 赤い目が俺を捉える。

 血の色をした剣が持ち上がった。

 はっぁぁ……!

 黒騎士が剣を横に薙ぐ。刃が唸りを上げる。

 俺はつま先を踏みしめ、一瞬の急制動。タイミングを外す。

 黒騎士の剣速など、俺には見えない。

 それでも俺が回避出来るのは、初動からの攻撃予測、このタイミングで選択出来る攻撃手段。それらを必死に考えているからに過ぎない。

 剣を握って戦う時は、考えろ。頭を使って戦え。

 遠い昔、俺に剣を教えてくれた人の言葉だったと思う。

 それが誰なのか、良く思い出せないが……。

 赤い剣を振り切った黒騎士。

 それを視界の端に捉えながら、俺はさらに一歩踏み込む。

 腰の剣の鯉口を切る。

 俺の身長では、見上げるような黒騎士。

 その喉元目掛けて、全身を使って刃を引き抜いた。

 俺の全速力……!

 刃が舞い散る羽を切り裂いて、黒騎士の首を捉えた。

 漆黒の面防を直撃する。

 俺の渾身の一撃は、かつんと軽い音を立てて弾かれてしまった。

「まだぁ!」

 俺はたんっと着地する。円形に広がるコート。そして、そこから両手で握った剣で無数の斬撃を放つ。

 肩、腕、足、腹、そして首。

 狙える限り!

 全身の鎧の隙間に、無心に刃を打ち込んだ。

 黒騎士は防御すらしない。

 時折羽虫でも払うように、赤い剣を無造作に振るうだけだ。

 その一撃でも、俺にとっては十分脅威だが……。

「あああっ!」

 俺は刃を寝かせると、黒騎士の目を狙って突きを繰り出す。

 効いていない。

 もう一度。

 もう一度っ。

 もう一度っ!

「フウッ」

 不快そうに黒騎士が息を吐く。そして、無造作に俺の刃を掴んだ。

 ぴくりとも動かない。

 くっ……。

 ……しかし。

 かかった!

 俺の剣を握り、剣ごと俺を吊し上げる黒騎士は、こちらを睨み、赤い目を細めた。

 完全に動きが止まった。

 俺が目線を上げた時。

 黒騎士の背後に、シリスの顔が迫っていた。

 目が合う。

 視線が交錯する。

 シリスが微かに頷いた気がした。

 黒騎士がシリスに気がつき、振り返ろうとした瞬間。

 シリスの銀気を宿した剣身が、黒騎士を貫いた。

 まるで冗談のように、銀色に輝く聖剣が、黒騎士の腹から突き出していた。

 黒騎士は無造作に俺を離す。俺は必死に飛び退いて、2人から間合いを取った。

 聖剣を引き抜き、なお追撃を加えようとするシリス。

 銀光が翻る。

 ここぞとばかりに、烈火の如く繰り出されるシリスの剣戟。

 俺には全てが見えなかったが、黒騎士の兜の角が飛び、黒のガントレットに刃が食い込む度に、鮮血のように黒い霧が吹き上がった。

 しかし黒騎士は、腹を貫かれた事など意に介さないように、シリスの斬撃を弾き返す。

 たまらず間合いを取ろうとしたシリスの死角に瞬間的に回り込むと、赤い一撃を放った。

 吹き飛ぶシリス。

 かろうじて聖剣で防御していた。しかし、まるで水切りの石ころのように激しく地面に打ち付けられ、吹き飛ばされた。

「シリス!」

 俺は黒騎士を警戒しながら、そちらに走り寄る。

 その時。

 地面から射し込む光と舞い散る羽に満たされた塔頂上部に、さらに眩い光が溢れた。



「うぐっ」

 呻くシリスを抱き起こしながら、俺は溢れた光を見た。繰り返し瞬く光は、禍ツ魔獣の方からだった。

 目を細める。

 優人が、空中を駆けていた。

 禍ツ魔獣の巨体、その塔と一体になった下半身から、無数の触手が伸びていた。

 縦横無尽に襲い掛かるその触手の上を、優人が走る。飛び越え、くぐり抜け、時に剣で打ち払う。

 本体に迫る優人を打ち払おうと、巨腕が振るわれた。

 しかしその鋭い爪が優人を捉える前に、2刀の煌めきが立ち塞がった。

 2振りに形成した刃を前面で交差した陸が、禍ツ魔獣の右腕を防ぐ。激しいエネルギーのぶつかりに、光が溢れる。

 持ち上がる左腕。

 城の柱より遥かに太いその腕を、無数の銀の矢が貫いた。そして遅れて飛来した矢が爆裂し、左腕の爪先を消し飛ばした。

 その間を優人が駆ける。そして禍ツ魔獣の直上に向かって、大きく跳躍した。

 禍ツ魔獣が天を振り仰ぐ。

 そして、リコット号ほどある咢をぐわっと開いた。

 その口腔に光が集まる。

 ドラゴン型の比にならない膨大な光が集まる。溢れる。

 そして、一筋に収束した熱線が、激しい衝撃波と共に上空に向かって放たれた。

 俺は顔を伏せて、吹き荒れる衝撃波に耐えた。

 髪が激しく乱れる。

 閃光の中、何とか顔を上げる。

 膨大なエネルギーの奔流の中に、優人の姿が消えていく。

「優人……」

 自分の口から漏れた言葉が、どこか遠くに感じられた。

 しかし。

 俺は信じている。

 優人は。

 俺の親友は、あんな光如きに負けたりしない。

 切り裂かれる光。

 その間に煌めく銀光。

「優人!」

 エシュリンの楔を1振りの大剣に形成した優人が、禍ツ魔獣の熱線の中を突き進む。

 熱線そのものを切り裂いて。

 そして、その切っ先が禍ツ魔獣に到達した瞬間。

 激しいスパークが起こった。

 エシュリンの楔が、禍ツ魔獣の眼前で止まっていた。

 まるで見えない壁がそこにあるかのように。

 ギリギリと力を込め、さらに刃を大きくする優人。

 しかし、強まるのは激突のスパークだけだった。

 見えない盾?

 防御壁のようなものがある?

 見えない壁と拮抗する優人に、再生した左腕が伸びる。

 やむなくエシュリンの楔を通常の剣に戻した優人は、禍ツ魔獣から間合いを取った。

 立ちはだかる触手群。

 これでは、また最初からやり直しだ。

 俺は、眉をひそめ、ぎゅっと唇を噛み締めた。

 こんな攻防が繰り返されれば、優人の消耗が増すばかりだ。

 どうしたら……。

「ガ、ガガガガ、グギ、ギギ」

 そこへ、奇怪な声が響いた。

 視線を戻すと、ヴァンが苦悶の声を上げていた。

 腹を貫かれても全く動じなかった黒騎士が、頭を抑え、片膝をついていた。

「ガガ……ヤハリマダ、次元境界壁ノ展開ニハ負荷ガカカル。オノレ、人間メ……」

 低い声で何事か呟いた黒騎士は、ゆらりと立ち上がった。そして俺とシリスなど眼中にないように、こちらに背を向けると、優人たちの方へと歩き始めた。

「いけない!」

 今、優人たちと禍ツ魔獣は拮抗している。これに黒騎士が参戦すれば、明らかに優人たちが不利になる。

 俺が……。

「くっ、止めるぞ、カナデ」

 シリスが起き上がった。

 そうだ。

 私たちが、止めなければ!

「行きます、シリス!」

 俺は再び剣を鞘に納めると、コートの裾を翻して、全速力で走り出した。



 シリスが仕掛ける。

 吹き飛ばされたダメージがあるのか、その剣速がやや鈍い。

 私がフォローを……!

 打ち下ろされる赤の剣とシリスの間に入り、受け流す。

 火花が散った。重い一撃に、手が痺れた。

 黒騎士の態勢が、僅かに流れた。

 そこへ、俺の背後に回り込んだシリスが、低い位置から斬り上げる。

 黒騎士の脇腹に、シリスの剣が食い込んだ。

「グガッ……」

 吹き出す黒い霧。

 黒騎士の動きは少しも乱れないが、僅かに苦悶の呻きが漏れた。

「邪魔ヲスルナ」

 シリスが斬り掛かる。

 俺は姿勢を低くして、逆サイドへ。

「邪魔ヲスルナ……」

 俺の全体重を乗せた突き。狙うは面防のスリット。

 ダメージはない。

 しかし俺の体で、黒騎士の動きが乱される。

 そこへシリスの斬撃が煌めく。

 大上段からの一撃は、僅かに兜を削り、しかし黒騎士の鎖骨付近に食い込んだ。

 広がる黒い霧。

 その向こうで輝く赤い光。

「邪魔ヲ……」

 黒騎士がぎろりと俺を見た。

「……ヴァン?」

 赤い目に、呆然とする俺が映った。

「邪魔ヲスルナァァァァ!」

 黒騎士の咆哮。

 空気が振動する。

 唸りを上げる黒い鎧の拳が、迫る。

 俺は、とっさに剣を寝かせて防御した。

 衝撃。

 巨大な何かに激突したかのような重い衝撃に、簡単に体が浮き上がった。

 俺の剣が、ビキっと嫌な音をたてた。

 俺はそのまま吹き飛ばされる。

 倒れない。

 剣を杖にして、必死で耐える。

 しかし、全身が痺れて動けなかった。

 くっ。

「シリス!」

 シリスが俺を守るように回り込んだ。そして傷付いた体で、目にも止まらない高速の斬撃を繰り出した。

 防がれる。しかし一部は、間違いなく、着実に、黒騎士を削り取る。

「うおおおっ!」

 シリスの咆哮。

 俺は、なんとか立ち上がった。

 一際甲高い音が響く。

「邪魔ヲスルナト言ッタ」

 シリスの一撃が、赤い剣に止められていた。

 煙のように立ち昇る黒い霧を纏った黒騎士。

 まるで、コマ送りのように見えた。

 空いた黒騎士の左手。

 そこに出現するもう1振りの赤い剣。

 不気味に明滅する血の様な剣が、無造作に突き出された。

 シリスへと。

 鎧が砕ける。

「ああ……」

 シリスがよろけた。

 その背には、貫通した赤い剣が……。

 血が、落ちる。

 赤が広がる。

 黒騎士の剣とは違う鮮やかな赤が。

「ああああ……!」

 私は走った。

 全力で。

 シリスがよろよろと後ずさり、膝をついた。その周りに広がって行く赤い輪。

 頭が真っ白になる。

 シリス……。

 シリスが……?

 ああ……。

 ああああああああ!

 ヴァンは、2振りの赤い剣を1つにまとめると、それを大きく振り被った。

 ……ダメだ。

 ダメだ。

 ダメだっ!

 滑り込む。

 シリスと黒騎士の間に。

 剣を掲げる。

 赤い剣が落ちてくる。

 激突する刃。

 受け流す。

 私の力じゃ止められない。

 でもシリスが。

 後ろにはシリスがいる!

「ううっ、あああ!」

 ビギっと悲鳴を上げる剣。

 そして、黒騎士の一撃に耐えきれなくなった私の剣は、真っ二つに折れた。

 ガレスがくれた剣。

 ずっと戦場を共に駆けて来た剣が……。

 しかし、黒騎士は直ぐさま、再び剣を振り上げた。

 もう私には止める術はない。

 しかし、後ろにはシリスがいるんだ。

 退けない。

 退かない!

「ヴァン・ブレイブ!」

 私は叫び、きっと黒騎士の赤い目を睨んだ。

 赤い一撃が迫る。

 私は両手を広げ、シリスの前に立ちふさがった。

「ヴァン・ブレイブ!負けないで!黒騎士なんかに負けないで!」

 歯を食いしばる。

「ヴァンっ!」

 迫る剣。

 目は閉じない。

 きっと睨みつける。

「ガ、ガガ、アネフェア……」

 赤い剣が……。

 ぴたりと止まった。

 私の目の前で。

 剣圧に、はらりと前髪が揺れた。

「アネフェ……」

「カナデ!避けろ!」

 背後から声。

 大切な人の……。

 とっさに左に転がる。

 血を滴らせながら、激しく銀色に輝く剣で、シリスが突撃する。

「うおおおああぁぁっ!」

 掬い上げる一撃で、シリスは黒騎士の剣を弾き飛ばす。

 黒騎士の手から離れた剣は、宙を舞い、霧散する。

 大上段で逆手に持ち替えたシリスは、そのまま黒騎士の頭部に銀色の刃を振り下ろした。

 突き刺さる。

 銀の光が漏れる。

 ビギっと金属の爆ぜる音がして……。

「ガガ……、あ、うう」

 頭部に聖剣を突き立てられた黒騎士が、よろけながら後ずさる。

 そして、バキッと兜が割れた。

 乾いた音をたてて転がる聖剣。

 黒騎士の全身から、爆裂した黒い霧が一瞬で広がった。

 その黒い霧は伸縮し、蠢きながら1つの塊となる。そして、禍ツ魔獣の方へ吸い込まれるように流れて行った。

 ガシャンと鎧が鳴る。

 目を見開いたヴァン・ブレイブが、ゆっくりと仰向けに倒れた。

「シリス!」

 私は転がるようにシリスに駆け寄った。

 膝をついているシリス。

 ぼとぼとと血が落ちている。

「大丈夫ですか、シリス、血が、ああ」

 目頭が熱くなる。

 頭が真っ白になって、何をどうしたらいいのかわからない。

 そうだ、唯に。

 早く看てもらおう。

 唯、唯、唯。

 私はキョロキョロと辺りを見回した。

「落ち着け」

 その私の頭に、べしっと手刀が降ってきた。

「大丈夫だ」

 シリスが青い顔で、しかしいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。

「でもお腹……」

 私は、恐る恐るシリスのお腹を見る。

 鎧の脇が、微かに砕けていた。その周りが、溢れる血で染まっている。

「あっ……」

 ふふんっとシリスが、得意げに鼻を鳴らした。

「とっさに避けたさ。脇腹は持っていかれたがな」

「大丈夫、なんですか……」

 声が震えた。

「ああ」

 シリスが優しく頷く。

「……よ」

 視界がじわりと滲む。

 何か抑えられないものが、体の奥から込み上げて来る。

「……良かった」

 シリスが柔らかく笑い、私の頬にそっと触れた。

「うううううっっ」

 押さえきれなくて、でもぐちゃぐちゃの顔をシリスに見られたくなくて。

 私はシリスの前でぺたりと座り込み、顔を伏せて、肩を振るわせた。

 良かった。

 シリスが無事で、本当に……。

 良かった。

 よかったよぉぉ。

 ううううう。

 うううううっ、ぐずっ……。

「カナデ。か、顔を上げろ……」

 血が零れる脇腹を押さえながら、シリスが俺の肩に手を置いた。

「見ろ。少年たちが、決着をつける、ぞ……」

 俺は深呼吸し、そしてそっと涙を拭いながら、優人たちを見つめた。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
カナデがかつて最も尊敬していた祖父のことすら思い出せない姿が、剣術を教えてくれた人なのに……。こうした時々、カナデが過去を失ったことを読者に思い出させる描写が、本当に心が痛みます。何度も言っているかも…
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