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雪色エトランゼ  作者:
第2部
110/115

Act:110

 王城地下の薄暗い通路を、国王陛下の大きな背中を追いながら進む。

 俺の隣にはシリス。

 3人の足音が、狭い通路に反響して響く。

 俺も王都で暮らすようになってから、城の中はあちこち歩き回ったが、この地下には来たことがなかった。普段は厳重な警備が立ち、入れてもらえない区画なのだ。

 その最奥。

 他と比べて特別には思えない扉を、陛下が手ずから開かれた。

 シリスが手早くランプをつける。

 勝手がわからない俺は、オロオロするだけだった。

 ランプの光に淡く照らされた室内には、幾多の剣や槍、甲冑などが並んでいた。どれも眩しく磨き上げられ、派手な装飾が煌びやかに輝いていた。

 まるで、宝物の部屋だ。

 その中央。

 台座の上に置かれた1振りの長剣を、陛下が取り上げた。

 鞘や拵も特別なものには見えない。むしろこの場に並ぶ武具に比べれば、地味に思えた。

 陛下はそれを、シリスに差し出した。

「この剣は、建国王が携えていたといわれるブレイブギアだ。代々王位に就くものが継承する神器である」

 シリスが受け取ると、シリスの銀気の輝きが、淡く光ながら長剣に注がれていく。

「この剣の一撃は、軍勢を打ち砕き、城を両断したと言われる。リングドワイスの至宝だ」

 陛下のバリトンが、いつもより更に低くなった。

「シリス。この剣を貸し与える。この力で、禍ツ魔獣を滅ぼせ。カナデを守ってやれ。そして、2人で我がもとへ戻って来るがよい」

「兄上……」

 シリスが不意に俺の手を握った。

「必ず!」

 そして陛下に頭を下げる。

 俺も慌てて倣う。

「本来なら、十分な戦力をつけてやりたいのだがな……」

 いつも剛毅な陛下が、顔を曇らせる。そして俺を見た。

「カナデ。やはり、お前たちが行かずとも……」

 しかし俺は、静かに首を振った。

 今朝の会議で俺が提案した作戦。

 禍ツ魔獣の塔に対しネオリコット号で急襲をかけるという作戦は、敵の真ん中に飛び込む、いわば決死行だ。

 無事に帰れる保証などない。

 そんな作戦に俺は、優人、陸、夏奈、唯を推挙した。

 そして俺が、指揮を執るのだ。

 無謀とも言える作戦を提案した者として、この役割は、他の者に譲る事は出来なかった。それに、優人たちを元の世界に返す為にも、俺があいつらの背中を押さなければ……。

 しかし、その人員構成にまず異を唱えたのは、シズナさんとシリスだった。

「カナデさん。私たちとユウトは共に危険に立ち向かうパーティー。ユウトたちが行くのなら、私たちも行くわ」

 シズナさんが俺を射抜くように見た。

「ふんっ、あたしの船が必要なんだから、当然あたしも行くってことだわよね」

 リコットがいつもの仏頂面のまま、腰に手をあてた。その隣で、コクコクと頷くラウル君も並んだ。

 みんな……。

「カナデが行くなら、俺も行こう」

 隣からシリスが俺を見下ろした。

「でも、シリスにはっ……!」

 シリスには、ここで王都防衛にあたってもらわなければ。

 咄嗟にそう言うことが出来なかった。

 何故なら。

 少し嬉しいと思ってしまったから。

 シリスが来てくれれば心強い。

 シリスが……。

 そう思ってしまったから……。

「少しよろしいかな」

 睨み合うように視線を交わす俺たちに、西公さまが手を上げた。

 陛下が目線で先を促すと、西公さまは恭しくお辞儀する。

「特攻紛いの攻撃を仕掛けるには、少し拙速ではないかな。もう少し状況を見定めるべきではないかね?」

 西公さまの意見に、王統府組から同意の声が上がった。

 俺は西公さまを見る。

 頭の中を整理しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「急ぎ禍ツ魔獣を討つのには、大地の黒化を防ぐという以外に、もう1つ目的があります。今、世界各所で氾濫している魔獣群。もしかしたら、それを止める事ができるかもしれないのです」

 周囲がざわつき、疑問の視線が幾つも俺に向けられた。

「以前、黒騎士が言っていました。魔獣は、禍ツ魔獣の手足となって働くものだと。現在の魔獣の氾濫は、その意図すべきところではない様ですが、禍ツ魔獣が魔獣に対して何らかの影響力を保持しているのは明白」

 そうでなければ、世界中の魔獣が一斉に地裂峡谷を目指したりしない。

「つまり、禍ツ魔獣の討滅は、押し寄せる魔獣群と対する場合にも、プラスに働く筈……」

「うむ、確かにな!」

 マームステン博士がぽんと手を叩いた。

「オルヴァロン島の記録によると、千年前、ヴァン・ブレイブがその身と引き換えに禍の祠に魔獣を封じた後、世界の魔獣が激減したという記録もある。禍ツ魔獣を討った途端に、魔獣どもが消えてなくなるなどと都合の良い事はおこらんじゃろうが、弱体化程度は望めるかもしれん」

 俺は博士に頷いた。

「わかった」

 国王陛下が重々しく頷いた。

 陛下の次の言葉を待つ沈黙が、耳に痛い。

「参謀部長」

「はっ」

「銀気持ちの中から志願者を募れ。数個小隊ならば、あの空飛ぶ船にも乗せられるだろう。突入隊の援護にあたらせよ」

「陛下!」

 俺は思わず声を上げた。

 銀気持ちは貴重な戦力だ。今王都防衛隊から引き抜くのは、好ましくないと思う。

「カナデ。我はお前の作戦に利があると見た。その作戦を成功させるための措置である」

 いつもの陛下とは違う、猛々しくも冷徹なその声に、俺は怯んでしまう。

「そこの尖り帽子」

「え、あたし?」

 リコットが自分を指さした。

「王都から禍ツ魔獣の塔まで、お前の船でどれくらいかかる」

「……ふ、2日ってところかしら」

 陛下は鎧を鳴らして立ち上がった。

 みんなが一斉に姿勢を正し、陛下を見上げる。

「では、突入組は明日出発せよ。3日後、禍ツ魔獣討伐の刻限に合わせ、王直騎士団は攻勢に転ずる。関係部署に連絡を厳とせよ」

「「はっ!」」

 王統府組が頭を下げた。

 陛下はギロリとシズナさんたちを見た。

「勇敢な冒険者たちよ。我らに出来ることならば、何なりと申せ。精一杯支援しよう」

 シズナさんが代表して進み出ると、頭を下げた。

「では、各々、最善を尽くせ」

 みんなが慌ただしく客間を後にして行く。

 俺も優人たちと作戦の詳細を詰めようと相談していると、陛下が俺とシリスを呼んだ。

「シリス、カナデ。渡す物がある。ついて来るが良い」

 そう告げた陛下の声は、何時もと同じ様に低く轟き、威厳に満ちていた。

 しかしその顔は、巌の表情はなく、ただ家族の身を案じる顔だった。

 その顔が、俺たちに向けられる。

 ありがとうございます、陛下。

 ご心配ばかりかけて、あなたの弟君を危険な場所に引き連れて行ってしまって……。

 俺の心中を察してくれたのか、陛下は優しげに目を細めると、ゴツゴツした大きな手で俺の頭を撫でた。

 そして、俺たちを地下の宝物庫に連れて行ったのだ。

「シリス。任せたぞ」

「はい、兄上」

 暗い宝物庫に、シリスが手にしたブレイブギアの銀色の光が、ぼうっと輝く。

 旅立ちは明日。

 俺たちは強大な敵に挑まなければいけない。

 果たして勝てるのだろうか。

 いや。

 勝つんだ。

 例えヴァン・ブレイブが立ち塞がったとしても。

 エリーセお姉さまの死から始まったこの戦いに。

 ここで、決着をつけるんだ!



 夕食の後、シズナさんたちと打ち合わせをしていた俺は、ふと時計を見て驚いた。

 もうこんな時間だ。

 早く寝なければ。

 明日からまた忙しくなる。

 きっと疲れ果ててしまうだろうから、せめて今夜ぐらいは、ふかふかベッドでゆっくり休んでおきたかった。

 陸と夏奈はもう寝ているみたいだ。

 唯は、そんな2人に布団をかけ直してあげている。

 リコットとラウル君は船の整備かな。

 優人はシズナさんと顔を近づけ、何やら話し込んでいる。

 2人とも楽しそうに笑い合っている。

 邪魔するわけにもいかないので、俺は優人たちの部屋の入り口で豆の筋取りをしている(?)禿頭さんに頭を下げ、今晩はもう下がりますと伝えた。

 禿頭さんがにこっと笑い、頷いてくれる。

「カナデ。また明日な」

「お休みなさい、カナデさん」

 俺の動きに気がついた優人とシズナさんに挨拶を返し、俺は客間を後にした。

 王直騎士団本部を出ると、日が沈んでも尚冷える事のない夏の夜の空気が、むわっと押し寄せて来た。

 王城の敷地内は、至る所に篝火が焚かれ、昼間のように明るかった。そのせいか、星空はあまり見えなかった。

 積み上げられた物資と天幕の間を駆け抜ける兵の姿もまだ多く、夜になっても慌ただしい雰囲気は収まる気配がなかった。

 俺はその間を小走りに通り抜けると、顔馴染みの近衛騎士に挨拶して、王族のプライベート区画に入った。

 王城の中は、外とは一転して静まり返っていた。

 メイドさんにも会わない。

 俺はそのままシリスの部屋がある3階に駆け上がった。生意気なことに、シリスは幾つもの部屋を1人で占領している。俺は今、その内の1部屋で寝起きしていた。

 寝室にも繋がっている居間に入る。

 淡いランプの光が灯り、ラフな格好をしたシリスが、ソファーに腰掛けて書類を読んでいた。

「あっ、今戻りました、シリス」

 俺は髪留めを取りながら、机の上に書類を置いた。

「お茶、飲みます?」

 自分が飲みたかったので、返事を待たずにカチャカチャと用意し始める。

「カナデ。ちょっとそこに座れ」

 シリスが低い声で俺を呼ぶ。

 訝しみながら、俺は茶器を持ったままその対面席に座った。

 シリスが書類を置いて俺を見た。

「カナデ。明日の出撃、やはりお前は残れ」

 一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。

「えっと……、心配してくれるのはありがたいですが……」

 俺は笑みを浮かべる。 

 しかしシリスは笑わない。

「聡いカナデならわかるだろう。お前は、足手まといだ」

 その言葉が突き刺さる。

 握り締めたカップに力が籠もる。

 そんな事は……分かっている。

 銀気のない俺。

 良くて相手に出来るのは、小型魔獣くらい。

 優人たちの戦いには介入出来ないし、魔獣群の足止めすら出来ないだろう。

 分かっている。

 分かっているんだ。

 俺は一瞬目を伏せ、しかし、きっとシリスを見つめた。

「陛下にも言った通り、作戦立案は私です。私が責任を持って……」

「俺が行く」

 言葉をシリスに奪われる。

「お前の代わりに俺が行く。それで責任は果たせるだろう」

「……そんな」

 俺には、私には、シリスが何を言っているのか分からない。

「カナデは残れ。残って、レグルス公や父上、母上の傍にいてやってくれ」

 ふるふると頭を振る。肩に掛かった銀糸の髪が揺れる。

 シリスの目を見ればわかる。

 言葉は厳しくても、私を思って言ってくれているのだ。

 嬉しくて、涙が溢れそうになる。

 胸の内に温かいものが宿る。

 もし。

 もし、許されるなら。

 でも。

「シリス」

 声が、少しだけ震えてしまった。

「シリス。私には、責任があります。作戦を考えたから、というだけじゃない。この戦いを。優人たちの戦いを、最後まで見届ける責任です。それが、私が、ここに来た意味だから」

 俺は、黒騎士が誤って謀殺してしまったエリーセお姉さまの存在を補填するために、この世界に呼ばれた。

 それが運命ということだったのか。

 結果として俺は、優人たちを魔獣との戦いに導いてしまった。

 だからこそ、あいつらを最後まで見送る。

 あちらに帰るまで見送る。

 それが俺の責任なんだと思う。

 それに……。

「私がどういう存在なのか、わからなくなった時もありました。その時、私を支えてくれたのは、シリスの言葉です。私を受け入れてくれたお父さまたちの優しさです。だから、それに報いたい。色々な責任をシリスや優人だけに押しつけたくない」

 シリスの目を真っ直ぐに見つめて、胸の奥に複雑に絡み合う思いを、何とか言葉にしようと試みた。

 でも、多分失敗だ。

 俺の事情なんて知らないシリスには、きっと何を言ってるのかわからなかっただろう。

「……十分報いていると思うがな」

 シリスがぼそっと呟いた。

 俺は何も言い返せずに手元だけを見る。

 シリスのお茶を入れると、カタンとカップを差し出した。

「それに」

 私は微笑む。

 肩の力を抜いて、ふわりと。

 しかし少し困ったように。

 私だけの我が儘を伝えるために。


「シリスが行くのに、私だけ置いて行かないで下さい」


 シリスがまじまじと私の顔を見た。

 恥ずかしくなって、少し目をそらして、カップに口をつけた。

 少し濃いめのお茶は苦い。

 シリスが、どかっと背もたれに体を預け天井を振り仰ぐ。

「あああぁぁぁ」

 そして奇妙な唸り声を上げた。

 しばらくそうしていた後。

 再びがばっと身を起こしたシリスが、真っ直ぐに俺を見た。

 その動作の度に、俺はびくっと身を震わせる。

「条件が2つだ」

 条件?

「明日の作戦、カナデの同行を認めてやる条件だ」

 俺はじっとシリスの次の言葉を待った。

「1つ目は、俺に守られること」

「シリス、私だって、自分の身は自分で守れます!」

 俺は思わず声を上げていた。

 剣を握る者の矜持として、それくらいの気構えはある。

「怒るな。戦うなとは言わない。俺の見える範囲にいろという意味だ。いつもみたいに、気が付いたら突撃、みたいなのはなしだ」

「なっ……!」

 それでは俺が、いつも猪突猛進しているみたいではないか。

 抗議を込めて、むうっとシリスを睨む。

「2つ目」

 そんな俺を無視して、シリスは2本目の指を立てた。

「帰ったら、あの答えを聞かせてくれ」

 あの?

 きょとんとする。

 あの……あの……あの……。

 あの?

 あの……。

 ……。

 ……あわわわわ。

 シリスの目が見れなくなる。

 ただ全身がかっと熱くなって、ぶるぶる震え始める。

 何も言えない。

 つまりは、あの時の告白の回答……。

 反論も異論も出来ず、気がついた時には、私は、ただカクカクと頷いてしまっていた。

 ……あっ。

 満足そうにニッと笑うシリス。

 うう……。

 禍ツ魔獣以外に、もう1つ試練が……。

 私はカップを持ったまま、俯くしか出来なかった。



 翌朝。

 早朝から、吸い込まれてしまいそうな青空が広がっていた。

 緑の匂いと、今日も暑さを予感させる空気の感触。

 今まさに魔獣共に包囲されている事を忘れてしまいそうな、気持ちのいい夏の朝だった。

 俺は、レティシアとアリサに手伝ってもらい、鎧を身につける。

「カナデさま……」

 鏡越しに不安そうな表情を向けてくるアリサに、俺はふわりと微笑みかけた。

 レティシアとアリサを引き連れ、俺は王直騎士団本部脇の練兵場に出た。

 俺たちの出陣を見送るために、ネオリコット号の周囲には、大勢の人たちが集まってくれていた。

 国王陛下とご家族。一部の近衛騎士。西公さまはじめ、十数人の貴族の方々。いずれも俺の顔見知りばかりだ。そして、軍務省の同僚たちや、タイニープロック商会の支店長など、僅かに一般人も集まってくれていた。

 ほとんどの王統府職員が魔獣対策のために忙しく動き回っている中、俺たちの見送りだけにこれだけの人達が集まってくれたことは素直に嬉しかった。

 これから激戦に望む騎士たちにとって、大きな励みになっただろう。

 もちろん俺にとっても。

「カナデさま!」

「どうかご無事で!」

「カナデさま、お帰りをお待ちしております!」

 見送りのみんなから飛ぶ温かい声。

 俺は涙が溢れないようにじっと唇を噛み締めながら、感謝の言葉を胸の内で唱えながら、進む。

 ネオリコット号の前には、既に優人たち冒険者組が集まっていた。

 俺はその1人1人と目を合わせながら、頷き合う。

「カナデちゃん!」

 そこに、国王陛下の隣から、突然マリアお母さまが走り出てきた。そして、鎧の上から、俺をぎゅっと抱き締めた。

「カナデちゃん。あなたが行くことないわ。ここで私たちと待っていましょう」

「……ありがとうございます」

 俺は微笑みながら、マリアお母さまをそっと抱き締め返した。

 ブライトお父さまが、優しくマリアお母さまの肩を取り、俺から引き剥がす。

 マリアお母さまは、悲しそうな顔でいつまでも俺を見つめていた。

「カナデ。時間だ」

 白銀の全身鎧を身にまとい、リングドワイスの至宝たる剣を佩いたシリスが、俺の肩に手をかける。

 そのシリスの背後に控えるのは、王直騎士団各部隊から選抜された完全武装の精鋭騎士36名。彼らこそ、俺たちと共に禍ツ魔獣討滅に志願してくれた騎士たちだ。

 レティシアがその隊に加わり、先頭にはグラスが立つ。

 そのグラスを含め、騎士隊のみんなに悲壮感はない。

 あるのは、闘志に溢れる顔ばかりだった。

「そなたら勇者たちの勝利を信じておる!」

 陛下の激励が響く。

 シリスの合図のもと、続々と騎士たちがネオリコット号に乗り込んで行く。

 俺も、コートの裾を翻すと、リコット号に乗り込んだ。

 後ろは、振り返らない。

 振り返りたくても、振り返らない。

 シリスと優人たちと共に、俺は操縦室に向かった。

 ガラス張りの操縦室には、眩い朝日が降り注いでいた。

 既に、リコットやラウル君、ハインド主任たちがテキパキと発進の準備を進めている。優人たちも手分けして、リコットやハインド主任の手伝いに入った。

 俺もそちらに向かおうとして。

 ふとそれが、目に留まる。

 操縦室のガラス窓の向こう。

 こちらを見送る国王陛下たちの列の向こう側に。

 リリアンナさんとシュバルツを従えたその姿。

「お父さま……」

 来て、いただいたんだ。

 俺は、お父さまと視線を交わす。

 言葉が届く距離ではない。

 しかし不思議と、お父さまがこう言った気がした。

 無事に帰って来い。

 俺は頷く。

 はいと、心の中で。

 お父さまが頷いた気がした。

 俺はふわりと微笑む。

 お父さまに向けて。

「お嬢さま、発進準備出来たわ!」

 リコットが一番前の座席から、勢い良く振り返る。

 俺はシリスを一瞥する。

 そして、カタンと踵を鳴らして、一歩進み出た。

「さぁ、みんな!」

 操縦席に揃ったみんなの顔を見回した。


「行きましょう!」


「了解!」

「ああ!」

「おう!」

「はい!」

 重なるみんなの声。

 機関音が高まる。

 そして俺たちは、この魔獣との長い戦いに決着をつけるべく、夏の蒼穹へと舞い上がる。

 リコット号、発進です。


 読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
カナデがシリスに留まるように頼まれた時、彼女は優人たちのために前に進む決意をする。エリーセ姉さまの代わりとして選ばれた責任のため……。本当に心が痛む場面です。こんな時でも、彼らを無事に送り届けることだ…
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