009 江戸城跡
「ここが……エド城のあった場所……」
「江戸時代は、一般の人は入れなかった場所ですが……今は入れちゃいます! さ、行きましょう!」
はしゃぐつむぎの後を追い、オオテ門に向かう。
見た目はサクラダ門と、そんなに変わらないんだな。
少し進むと内門のところに、台を前にした警備の者が立っていた。
「手荷物検査のご協力、お願いいたします」
「はーい」
つむぎは慣れた様子で台の上にカバンを置き、警備の者に中身を見せる。
「こっちがお財布で、こっちは文房具とお薬で、こっちは――」
「あ、はい。ありがとうございます」
それほど詳しくは、見ないのだな。
警備の者は続いて我の方を見てきたが――
「お姉さんは……お荷物、大丈夫そうですね。どうぞお入り下さい」
「うむ」
特にカバンなどは持ち歩いていなかったので、不問であった。
荷物の検査が終わり、敷地の中へと入って行く。
土産物屋などの前を通り抜け、古い石垣の並ぶ道に出る。
「この辺りは、古い石垣が多く残ってるのだな……この小屋は?」
「同心番所――警備の詰め所だったみたいです」
「ドウシン、とは?」
「当時の下級のお役人さんですよ」
「そうか。見張り、ということだな」
同心番所の前の坂道を、進んでいく。
上へと続いていく道の両脇には、手入れされた木々が並んでいて美しい。
坂を登りきると、少し開けた場所に出た。
そして今までとは比べ物にならないほどの、巨大な石垣がそびえ立つ。
「なんだ……この城壁のような石垣は……!?」
「凄いですよね! 表面の凹凸が少なくて、伝って登るのは難しそう……」
「……そうだな」
「向こうの道から、江戸城跡に行けるみたいです。行ってみましょう」
なぜ真っ先に、登ることを考えたのだ? つむぎは……。
少し不穏になりながらも、石垣の間の道をさらに登っていく。
「木々の美しい景観だが、坂が結構きつい」
「城は攻め込まれないように、坂が蛇行するような通路になってるんですね……ふぅ……」
坂を登るつむぎの、息が少し上がっている。
それほど急こう配ではないが、やや距離があるからな。
普段あまり鍛えていない者には、少しキツイ道なのだろう。
「ここは……道場か何かだろうか?」
次の坂道の先には非常に長い、道場のような館が立っていた。
背後の高い現代の建築物との対比で、その長さが際立って見える。
館の前は、これまた訓練に良さそうな広場。
「ええっと……百人番所……ここも警備の詰め所ですね」
「ふむ。これだけの広さだ、おそらく訓練場も兼ねていたのだろう」
城までの間に、兵士の訓練場も兼ねた警備施設か。
名前から推察するに、百人近い人員が配備されていたのだろう。
外敵から城を守るのはもちろん、城内での騒動に対する備えにもなりそうだ。
「それにしても、ずっと石垣の通路で……城塞都市のようだな」
百人番所の先の道を、さらに進んでいく。
今度は今までのものより、少し作りの良い館が現れた。
「あの屋敷は?」
「大番所です」
「また番所か!?」
トキワ橋を渡り、大手御門を抜け、同心番所と百人番所を通ってきたのに!?
どれだけ厳重な警備をしているのだ!?
「ここは城の目前で、身分の高い武士が勤務していたようですね」
「なるほど。城を守る最後の砦、ということか」
そういわれると、少し心が揺れるな。
要職の館か……参考になるやもしれん。
「そしてこの先に江戸城が……」
美しく手入れされた松の並ぶ、石垣に囲まれた坂道を登っていく。
城の目前ということもあってか、とても優雅な雰囲気だ。
そしてようやく、頂上へとたどり着いた。
「ここが……エド城のあった場所……」
「開けた広場になってるんですね」
低い生垣に囲まれた、広大な広場。
広場にはところどころにベンチが設置され、人々がゆったりと憩う。
ありていに言えば――何もない。
「トクガワ家の城というから、壮大なものが残っていると期待していたのだが……」
「そうですね――」
落胆する我に、つむぎが追い打ちをかける。
「江戸城の天守閣は、明暦の大火という大火事で焼け落ちてから、財政難などで再建されませんでした」
「ざ、財政難……!?」
「実は天守閣が存在したのは、家康公が幕府開府――天下を取ってからの、最初五十年程度なんです」
エドの世は、三百年近く続いたと聞いていたのに!?
「天守閣はよく言えば見張り台、城によっては物置だったらしいので……平和な江戸の世では、そこまでの必要性もなかったのかもしれません」
「そ、そうか……」
「イザベルちゃん、納得……できてなさそうですね」
「それはそうだ!」
「ふふ。とりあえず、奥の天守台に行ってみましょうか」
なんとも言えない気持ちで、広場の奥にある天守台とやらに向かう。
それにしても、史跡としてそれなりの形が残っているものとばかり思っていた。
我の表情を見てか、歩きながらつむぎが話を続ける。
「でも、民を苦しめてまで――穿った見方をすれば、反感を買ってまで、天守閣を再建する必要は無かったのでしょう」
「民……」
城の建設や工事は、城の者だけの問題ではない――ということか。
確かに工事には、ドワーフやオークを中心に、多くの者達の協力が必要になる。
財政難ともなれば、建設を無理に進めることはできない、か。
「とはいえ、現代でも江戸城を再建しようという団体もあるみたいですよ」
「何?!」
ここに再び、エド城を建てるだと!?
沸き立つ我に、つむぎが説明を続ける。
「お城ほどの大きな建物を作れば、大きなお金が動きます。それに石垣や建物などの建築技術を、後世に伝えることにもなりますし」
「なるほど……民に仕事を作り、技術継承を促すこともできると」
「もちろん、良い話ばかりではないですけどね。多くの人が納得できるかも、大切ですし」
複雑そうな顔で、つむぎは言葉を濁す。
ふむ、公共工事の良い話ではない部分か――大きな事業となれば、賄賂や事業独占なども起こりえるだろう。
多くの者が関わるからには、面倒なことが起きるものだからな。
魔王城の改修工事の際、我も気を付けねば。
「魔王城の改修工事――我はただ機能性の部分ばかり考えていたが……他の魔族たちと、共に作るということの意味――もっとよく、考えねばならんな」
「イザベルちゃん……! ふふ、さすが魔王様ですね」
話しているうちに、巨大な石垣の台座――天守台の前に着く。
天守台には柵が設けられており、多くの観光客が出入りしていた。
「ここが天守台か」
「この上に、天守閣を築城する予定だったんだ」
石垣の上の、やや急こう配な坂道を登っていく。
坂を上りきると、一気に空が広がる。
「うわぁ! さすがに見晴らし良いですね!」
「ああ!」
こんなに空を近いと感じるとは……。
東京は高い建物が多く、外を歩いていても、まるで迷宮にいるようだったからな。
「さすがに大手町側の建物ほどではないですが……」
「いや、あの天にも届きそうな建物と並び立つとは」
エドの時代には、更に遠くまで見渡せたことだろう。
それこそ東京を越えた、その先まで――
「やはりトクガワの城は、すごかったのだな……」
「ええ、そうですね!」
古の覇者の空をしばし堪能し、天守台を降りる。
城が無いことは残念であったが、良いものが見れた。
「ふぅ。少し喉が渇いて……すみません、あそこの休憩所に寄ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
道中は意外に坂が多く、つむぎは疲れたのだろう。
エド城跡の広場の一角にある、休憩所に寄ることにした。
休憩所の建物の近くで休もうとしたとき、つむぎが何かを指さす。
「あれ? ……あっ! イザベルちゃん、あそこ!!」
「ん?」
「江戸城の模型が展示されているみたいですよ!」
つむぎがさし示した小屋には、物見客が出入りしていた。
小屋の奥には物見客の陰に、建物の模型の屋根の部分が見える。
我らも模型を見るため、小屋に向かう。
「これが、エド城……こんな姿をしていたのだな」
「1/30スケールで、この大きさかぁ。へぇ、二十階建ての建物ぐらいの高さがあるんだ……」
天守台の石垣まで再現された、精巧な作りの模型。
模型の周りには囲うように机が置かれ、城についての資料が展示されている。
興味深く、模型を見つめるつむぎ。
その目があまりにも、輝いていて――
「ふふ……」
「イザベルちゃん? 私の顔、何かついてた?」
「いや、何もついておらんよ」
時を越えてなお、人の心を惹きつける。
象徴としての城の重要性を、再考せねばと思った。




