表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

008 本町通りから大手御門へ

「まだ口が痺れる……火蜥蜴(サラマンダー)にでもなったのかと思ったぞ……」

「あの汁なし担々麺、スパイスきいてて本格的でしたね」


 火を噴きそうなほど、辛い料理であった。

 店を出て冷たい外気に当たっても、顔の火照りが収まらない。

 同じものを食べたつむぎは、平気な顔をしているのに。


「辛い物は苦手でしたか? 次にお店を選ぶときは気を付けなきゃ……」

「大丈夫だ。確かに辛かったが、美味であった」

「ふふ。わかりました」


 刺激は強かったが食がすすむ味で、働く者に好かれる味なのだろう。

 そんなことを考えながら、つむぎと共に歩き出す。


「今の馬喰町のあたりは、江戸時代に旅籠(はたご)街……宿泊施設が多かった場所なんです」


 歩きながら、つむぎが町の昔の様子を話し始めた。


「旅籠街から西に向かう本町通りのあたりは、江戸の中心地でした」

「ふむ。ビルの背が高くなってきたな」

「このあたりはコレド室町という、商業施設ですね。向こう側に、コレド日本橋という建物もあるんですよ」


 コレドと言うビルには、一階が路面から入れる店が多い。

 ガラス張りの壁から、煌びやかに商品が並べられているのが見える。


「なんというか……上等そうな店が多いのだな」

「ええ。私じゃ気軽に買い物できないお店ばかりです」


 少し恥ずかしそうに、つむぎがはにかむ。

 さらに進むと、鉄の蛇電車の道と川が交差する場所に出た。


「この川の先が、かつての江戸城の郭内になるんですが……せっかくですから、日本銀行も見ていきましょうか」

「日本銀行?」

「あの緑の屋根の建物です。日本唯一の中央銀行で……ざっくり言うと【銀行の銀行】です」


 つむぎが指さしたのは、やや古めかしい巨大な館。

 今いるのは建物の裏手のようで、正面に向かって進んでいく。

 建物の正面につくと、そこかしこに屈強そうな警備の者が立っていた。


「ずいぶん警備が厳重なのだな」

「はい。あ、写真も撮っちゃいけないみたいです」


 少し残念そうにしながら、つむぎはこの地についての説明を始める。


「この建物が、上から見ると日本の通貨単位【円】の形をしてるっていうのが、有名なんですよ」

「ほう」

「大昔は金座という、小判など――昔の金貨を作る場所だったそうです。歴史を感じますよね」

「ふむ……城の近くだけあって、国を運営するのに重要な施設が多いのだな」

「そうなんですよ!」


 我の言葉に嬉しそうな顔をし、つむぎは川の方を手で示す。


「そしてあそこの常盤橋を渡って、いよいよ郭内に入ります!」


 車道を渡って少し回り道をして、空中の路の下にある古い作りの橋を渡る。

 ややごつごつした石畳は、他の道とは年代の違うのが明らかであった。

 だが橋を越えた場所は何か工事をしていたが、その先はビルばかり。


「……まだビルが続くではないか」

「ここ大手町は、大名屋敷や裁判所などの施設があったあたりですね。江戸城はもう少し行った、大手御門の先になります」


 再び道を真っすぐに進みながら、楽しそうにつむぎが話す。


「ここを通って大名や旗本が、江戸城に登城――出勤していたんですよ。それを見学する旅行者もいたとか」

「そんなものを見て、楽しいものなのか?」

「有名人を見る感覚でしょうか……見学者に、旗本の情報が記載された冊子を売られたりしたそうですよ」


 貴族や武将を見るのも、楽しみたりえるのか。

 なんだか新鮮な感覚だ。


「城には少数の御供しか同伴できないので、残りの御供はこのあたりで殿の帰りを待っていたそうです。そんな御供相手に、食べ物を売り歩く商人もいたとか」

「冊子といい、食べ物といい……人が集まると、色んな商いが始まるものだな」


 魔王城もいずれ栄えていけば、商人たちも集まるようになるのだろう。

 同じようなことをする者も現れるのか……少し、不安になるな。

 将来のことを想像しながら歩いていると、小さな広場に差し掛かった。


「あそこ……他と雰囲気が違うな」


 広場の入り口から石畳が伸びていて、奥の石碑に続いている。

 他にこれと言ったものは無いが、四隅には意味ありげな木が植えられていた。

 丁寧に整備された、神聖性のある空間。


「見つけちゃいました……? あれは将門塚(まさかどづか)です」

「マサカドヅカ?」

(たいらの)将門(まさかど)という、千年以上昔の武将が祀られているんですが……」


 説明を始めたつむぎの口調は、おどろおどろしいもので。

 まるでゴーストのような伏し目になり、低めの声でゆっくりと語る。


「将門塚を移そうとしたり、粗末に扱うと、祟られる……そう、恐れられているのです」

「祟られる……?」

「何度か将門塚を潰して、他の施設を作る工事が、行われたのですが、その度に……関係者に死亡者が、続出したのです」

「そ、そんなことが……」


 それほど強い呪いを、死後に発動する人間か。

 平将門という武将、興味深いな。


「今はOtemachi(オオテマチ)One(ワン)という複合施設の一角に、丁重に祀られている……のが、こちらです」

「そんな恐ろしい場所というには、ずいぶん人が訪れるようだが」


 つむぎの話を聞いている間にも、石碑に手を合わせている人間が何人か見受けられた。

 そのような呪いの石碑に。


「『荒ぶる魂は願い事も叶う』と、願掛けにくる方もいらっしゃるんですよ」

「そ、そうか……」


 人間の感覚とは、不思議なものだな。

 いや、日本人固有のものなのだろうか?

 少々混乱しながら歩く我の前に、皇居のお堀が見えてきた。


「さあ、大手御門が見えてきましたよ! この先は先日行った皇居の、北側のエリアで――かつて江戸城が建っていた場所です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ