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006 東京駅・丸の内駅前広場

 日が傾く中、我とつむぎは東京駅に向かって歩き出した。

 皇居外苑の公園には、手入れされた松が美しく植えられている。

 その下では敷物を敷いて弁当や菓子を食べている者いて、憩いの場といった感じだ。

 真っすぐに整えられた道を進んでいくと大きな車の道に差し掛かり、再び巨大な建造物が立ち並ぶエリアに着く。


「まるで境界線のように、建物が現れたな」

「ふふ。不思議な光景ですよね」


 整然と建ち並ぶ、美しい建造物群。

 真っ直ぐに続いている、整備された道。

 その先に、背の低い古めかしい建物が見える。

 それを見る我の視線に気づいて、つむぎが説明を始めた。


「この行幸(ぎょうこう)通りの先にある、あのレンガの建物が東京駅です」

「そうか。なんというか……意外だ」

「高い建物じゃないから、ですか?」

「むっ……」


 東京の名を持つ駅なのだから、ほかの建物より引けを取らす大きなものと思っていたのは確かだが……。

 図星をつかれ口を紡ぐ我に、つむぎは付け加える。


「あの駅舎は百年以上の歴史を持ち、国の重要文化財に指定されているんです」

「ほう」


 昼間に見た三解脱門と同様、この国の者にとって重要な施設ということか。


「一度は戦火に焼かれるも、保存・復元工事が行われ、現在にその姿を残しています。それに地下街がものすごく広がっていて、見た目以上に広大で近代的なんですよ」

「地下施設か……目に見えぬ凄さが、あるのだな」


 大きな車の道をわたり、東京駅に続く通りを進む。


「このビル街も、東京駅が開業した頃に鉄筋コンクリートのオフィスビルが次々にオープンし、大正時代から昭和初期にかけ一丁(いっちょう)紐育(にゅーよーく)と呼ばれていたそうです」


 ニューヨークとはアメリカという国の都市で、当時の東京より高い技術を有していたようだ。

 その最新の技術を使った建造物が、次々に建っていく様子は、当時の人々の度肝を抜いたであろう。


「当時のビルからは建て替えられましたが、新丸の内ビルなどは当時の丸ビルの配置のままなんだとか」


 説明を聴きながら歩いているうちに、東京駅の前に到着した。

 趣あるレンガの駅舎は左右に広く続いており、全容を把握できないほど。

 そして所々から続く橋から、ひっきりなしに鉄の蛇が走り抜けていく。

 駅の前は整えられた広場で、旅行者と思われる人々が多く見られる。


「すごい数の人だ」

「ええ。ここは東京駅丸の内駅前広場といって、東京の代表的な観光地なんですよ」

「なるほど。どうりで、スマホを構える者が多い」


 ある者は駅舎を、ある者は仲間や家族とまとまり自分たちを、スマホに収めている。

 中にはスマホを棒にくくりつけて掲げるものや、大道芸のような動きで写す者まで。

 この駅舎や広場が、人々にとって様々な意味ある場所なのだな。


「せっかくだし、私たちも駅舎をバックに記念撮影しましょうか」

「ああ」


 つむぎと二人で駅舎を背に並び、スマホで自身を写す。

 伸ばした腕の、スマホの先――ビルに挟まれたコウキョの空に、白い月が輝く。


「ここから見ても、コウキョのあたりは異世界のようだ」

「ふふ、確かに」


 我の言葉に、含みのある笑いをするつむぎ。

 そしてどこか遠くを見るように、つむぎもビルに挟まれた空を眺める。


「もし江戸城の天守閣が残っていたら、ここから見えたのかもしれませんね」

「そうなのか? それは、見てみたいものだ」


 月の照らす、ぽっかりとした広い空。

 つむぎの目にはきっと、エド城の姿が見えているのだろうな。


「――さて、そろそろ駅に向かうとしよう。この駅舎も、趣があって美しい」

「はい。日本の玄関口として建てられた駅の威厳、さすがですよね」


 駅舎に振り向いたつむぎが、東京駅を見上げる。


「そうだ、イザベルちゃん。東京駅からは電車一本で――乗り換えなしで、日本の四十七都道府県中、三十五都道府県に行けるそうですよ」

「それは……すごいな」


 正直日本の国土について不勉強な我には、そのすごさは分かりかねるが……。

 それでもつむぎの昂りように、そのすごさはうかがえた。


「私、ここから――東京駅から日本の色んな場所に行けるんだって思えるの、好きなんです」


 まっすぐなつむぎの言葉に、改めて駅舎を見る。

 ここは遙か遠く――場所や、人や、思いに、繋がっている場所なのだな。


「なんて……電車代を貯めるのに、毎度苦戦してるんですけどね。あははは……」

「その旅、我も案内してもらおう」

「へ?」


 我の申し出に、キョトンとするつむぎ。

 言い出したのは、つむぎだというのに。


「あの鉄の蛇に乗って、遠くへ行けるのだろう?」

「えっ……ああ、電車! ふふ。鉄の蛇、ですか」


 我の言葉に、つむぎは面白そうに笑う。

 デンシャという言葉を知らなかっただけだと言うのに……。


「ええ、その時はぜひご一緒に!」


 だが了承を得られたので、よしとしよう。

 少し話し込んでしまったからか、あたりはすっかり暗くなっていた。


「そういえばモリーさんのお迎え、大丈夫ですか?」

「あ? ああ、確かカイサツで呼べと言っていたな」

「改札……どこでもいいのかな? 近いのはそこの丸の内南口だけど……人多いけど、平気?」

「問題ない。そこへ行こう」


 つむぎと共に、人の出入りの激しい駅舎に入る。

 円形のドーム状のホールに、美しいレリーフの数々。

 まるで城の一角に、立っているかのようだ。


「ここでモリーを呼……待つとしよう」

「そう……じゃあ私は、ここから電車に乗ろうかな」


 ずっと横を歩いていたつむぎが、正面に立ち向かいあう。

 別れの挨拶なのだろう、なんとも名残惜しい。


「今日はとても勉強になった。それに――楽しかった」

「イザベルちゃん……」


 一日でこれほど多くのものに触れ、学べたこと。

 それはただ東京が素晴らしいというだけではなく、そこに生きる彼女のような者がいたからだろう。


「また次も、案内を頼めるだろうか?」

「ええ、もちろん! まだまだ紹介したい場所が、たくさんあるんです」

「それは楽しみだ。ありがとう、つむぎ」


 気恥ずかしそうに笑うつむぎに、礼を述べる。


「それじゃ、また今度!」

「ああ! また今度!」


 明るく別れを告げ、つむぎはカイサツに入って行った。

 さて、我も――


「モリ―」


 我の一声で世界の時が止まり、モリーの扉が現れる。

 重厚な扉はひとりでに開き、我を魔王城へ招き入れた。


「お帰りなさいませ、お嬢さま」

「ああ」


 出迎えるモリーに返事をし、我は玉座に座る。


「モリ―の言った通り、東京は面白い場所であった」

「さようでございますか」

「それに、あの娘――つむぎもな」

「ほっほっほ。そうでしょう、そうでしょう」


 我の言葉に、嬉しそうに笑うモリー。

 すっかりこやつの思惑に、はまってしまったが……。


「次に会うときが楽しみだ」

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