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005 虎ノ門ヒルズから皇居外苑・エド城は何処?

 愛宕神社の裏手から、やや緩やかな坂を下っていく。

 眼下の坂の途中に、小さな赤い鳥居が見えた。


「こんなところにも鳥居が……坂も含めて、山全体が神域なんですね」


 つむぎの後を追い、鳥居へと向かう。

 その先には真新しく、巨大な二つの塔の建造物が建っていた。


「なんだ、この塔は……東京タワーより高いのではないか……?」

「ちょっと惜しいですね。虎ノ門ヒルズは250メートルぐらいなので」

「とらのもん、ひるず……」


 歴史を切り出したような神社から、未来文明のような建物。

 赤い小さな鳥居をはさんで、まるで違う場所に向かうようだ。


「虎ノ門ヒルズを抜けた先が、霞ヶ関。さらに先が、皇居外苑です」


 鳥居をくぐり、巨大な虎ノ門ヒルズの空中回廊を進む。

 回廊では犬の散歩をする者や、赤子を乳母車に乗せて歩く若い夫婦などとすれ違った。

 ここで生活をしている者が、かなりの数いるということか。

 やがて地上の道に下りてしばらく進むと、どっしりと構えた箱のような建物が多く見られるようになっていく。


「ここが霞ケ関で、色んな省庁――国の組織が集まっているエリアですね」

「国の重要機関ということか」

「隣に建っているのが経済産業省、お向かいが国税庁。あっちが農林水産省、外務省、法務省、総務省、警視庁って感じで続いてます」

「ふむ……」


 一つ一つの建物を指さしながら、名前をあげていくつむぎ。

 外から見ただけでは似たような建物が並ぶばかりで、面白みがない。

 そんな感情が顔に出ていたのか、我を見てつむぎは話題を変える。


「江戸の時代には、広大な大名屋敷――日本各地の王侯貴族の館が立ち並んでいたんだとか。かつての庶民にとっては、大名屋敷を見て回るのも、観光の一つだったようです」

「ほう。そういうものなのか」


 つむぎの話を聞きながら進んでいくと、広い水辺に到着した。

 これまでの建物に囲まれた場所と異なり、木々が多く空がとても広い。


「これは……川?」

「お堀ですね。江戸城――徳川将軍家の城があった場所を、ぐるっと囲うように掘られているんです」

「なるほど。城の防衛のためのものか」


 川のように広い掘りから、城の防衛力の高さがうかがえる。

 それでいて清らかな水面に水鳥のたたずむ自然の美しさが、なんとも素晴らしい。


「せっかくだから、中も入ってみましょう」

「何? 入っていいのか?」

「ええ。歴史の教科書でおなじみ、そこの桜田門から入ってみましょう!」


 少し離れた先を、つむぎは指さす。

 そこには堀の内側に向かって、橋が架かっている。

 橋に向かっていくにつれ、物見客や走り込みをしているとすれ違う。

 ようやく桜田門に近づいてみると、遠目で見て想像した以上に巨大であった。


「……でかいな」


 巨大な石を積み上げた石垣に囲まれた、なんとも堅牢そうな門である。

 扉の部分だけでも、数メートルはあるのではなかろうか。

 城門をくぐるというだけだというのに、なんという威圧感。

 中へ入るとちょっとした広場になっており、右手に同じような巨大な門がもう一つ。


「中にも、内門があるのか」

「一気に攻め込まれないよう、角度が付けられているんですよ」

「なるほど」


 内門もくぐった先は、広場――庭園と言った方が、正しいだろうか。

 整然と整備された、美しい庭が広がっていた。


「ここがいわゆる、皇居外苑です。今は公園として一般公開されていますが、かつてはエリート大名の屋敷があった場所ですね」

「そうか。掘りの外とは違い、ずいぶん穏やかな場所なのだな」

「ふふ。そうですね」


 石畳の通路に沿って、公園を進んでいく。

 公園の中にも小さな堀があり、物見客の多くは堀の対岸を眺めている。

 記念撮影などをしている者も、多くみられた。


「あちらが皇居です。一般の人は入れませんが、江戸城の一部である伏見櫓や、特別な時に使われる二重橋などが外から見学できます。あ、写真撮っても良いですか?」

「ああ」


 物見客に交じって、つむぎもスマホで記念撮影を始める。

 堀の先にある二本の橋と、古風な館――櫓の景色を写しているようだ。

 あれがトクガワの――


「……エド城の、一部? トクガワのエド城はどこにあるのだ?」

「そうですね……天守閣って意味では、数百年前に大火事で焼失しちゃってます」

「なっ……!?」


 増上寺の三解脱門や、愛宕神社の石段が残っているというのに……。

 肝心のエド城が、よもや火事で焼失しているだと!?

 動揺する我に、つむぎが説明を付け加える。


「でもお堀や門、櫓といった防衛施設は残ってますし、ある意味この辺一帯や皇居が江戸城とも言える……かも?」

「そ……そうか……そうなの、か?」


 栄華を誇ったトクガワ家、城が残ってないというのは至極残念。

 ぜひこの目で、確かめてみたかったものだ。

 日が傾く中、呆然としてしまう。


「ずいぶん暗くなってきましたね。そろそろモリーさんとお約束してる時間でしたっけ?」

「そうだな。もう、そんな時間なのか……」


 すっかり時間のことを、忘れていた。

 我に門限があるわけではないのだが――人の世の常識的な時間を守るよう、モリーに言われている。


「では最後に、東京駅へ向かいましょうか」


 少し名残惜しいが、夜のとばりのおりる庭園をあとにした。

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