もう一度
アビゲイルは自室にてギーヴから借りた本を読み耽っていた。
本の内容はギーヴが話してくれたものであったが、詳細を読めば読むほど歴史が面白いと思えた。
終焉の神と新生の神の関係性。
二柱と人間のやりとり。
そしてなぜ癒しの神が終焉の神にも恋をしたのかも……。
「…………」
全てを読み終えたアビゲイルは、そっと本を閉じる。
いろいろ知らなかったことを知れたし、新しい知識も得られた。
なにより歴史というものを、もっと知りたいと思った。
頭の中にある考えをきちんとまとめられたら、ギーヴに会いに行こう。
他の歴史書も借りたいな、なんて思いながらベッドへと倒れ込んだ。
「…………終焉の神、か」
もしこの終焉の神という存在が、アビゲイルの考える死の神ならば……。
常識が変わってしまう。
死の神を悪とし、女神を善としたものが、覆る。
「……あたまぱんくしそう……」
目を閉じてその上に腕を置く。
完全に光を遮断した状態で、アビゲイルはゆっくりと口を開いた。
「死の神が言っていたとおり、偽りなのだとしたら……」
自分が今まで受けてきた仕打ちは、なんだったのだろうか――?
仄暗い闇の底。
赤い煙のようなものがゆらゆらと揺れるその場所で、アビゲイルは目を覚ました。
見覚えがないはずなのに、アビゲイルはそこを知っている。
そういえばこんな感覚以前も……。
不思議な既視感に苛まれていると、後ろから声がかけられた。
「殊勝なことだ。もう調べてきたのか」
「――死の、神……」
「今日はお前が望んでこっちにきたのだ。答え合わせでもしにきたか?」
どうやらアビゲイルが無意識に望んだことが、現実化したようだ。
確かにぐだぐだと考えるくらいなら、いっそ真実を知りたいとは思った。
けれどまさか当人に直接会うことになるとは……。
「……私の考えは読めているのよね?」
「そうだな。お前がなにを望んでいるかも、我はわかっている」
「なら教えて」
アビゲイルからの願いに、死の神は考えるように視線を彷徨わせた。
「んー。本当はお前自身に思い出して欲しいのだが……まあいいだろう」
やはりアビゲイル自身が忘れていることがあるようだ。
それがなんなのか皆目見当はつかないが、今は死の神とのやりとりに集中したい。
黙って彼の言葉を待つアビゲイルに、死の神はその赤い瞳を向けた。
「知ったのだろう? どう思った?」
「質問してるのは私よ。……あれが真実の神話なの?」
「真実だとしたら、お前はどう思う?」
質問に質問で返されたことに若干苛立ちを覚えつつも、アビゲイルはしばし沈黙した。
あの話を聞いてどう思ったか、それをうまく言葉にできる自信がないからだ。
「…………不愉快」
「ほう。それはなにに対してだ?」
「……いろんなことよ」
もしあの神話が真実ならば、アビゲイルが受けた仕打ちはなんだったのか。
世界を滅ぼした死の神。
死を恐れる過去の人々が彼を恐れたからこそ、同じ赤を忌み嫌ったのではなかったのか?
だが神話によれば死の神はむしろ被害者であり、さらには人々は死を恐れていなかったという。
なら、この胸に渦巻く不快感は、どうしたらいい?
「……まあ、お前はそうだろうな」
アビゲイルの心を読んだのか、死の神は納得したように頷く。
そんなどこか他人事みたいな態度をとる死の神に、アビゲイルは腕を組んだ。
「あなたは悔しくないの? あの神話が真実なら、あなたは被害者なのに加害者だって言われているようなものじゃない」
アビゲイルの言葉に、今度は死の神が腕を組む。
「長すぎる時が過ぎたからな。……あの女神に対しては殺してやりたいほどの憎悪はあるが、人間に対してはなにも思わん。……我らが愛したものたちは、とうの昔にこの地にきている」
死の神の言葉に、妙に納得してしまった。
確かに彼からしてみれば、会ったことのない己を恐怖の対象と捉えているものたちなんて、考えるだけ無駄なのだろう。
彼を信仰していた人たちは、もう亡くなってしまっているのだから。
「……じゃあ、やっぱりあれは真実なのね?」
「……お前が望むのなら、話をしようか。今日はそちらから来たからか、まだ時間はあるようだしな」
そう言われて己の体を見れば、輪郭は保ったままだ。
この地に来ていろいろ思い出してきたが、前回はすぐに光の粒子となり消えてしまった。
アビゲイルの意思でこの地に来たことが、そんなに重要なのだろうか?
「少し歩こう。案内したいところがある」
前を歩く死の神の背を見ながら、アビゲイルも足を動かした。
死の世界はどこまで行ってもただの闇で、景色の変化なんてない。
果たして彼はどこに連れて行こうとしているのだろうか?
「…………どこに向かってるの?」
「もう着く」
死の神がそう言った数秒後に、アビゲイルの瞳に小さな石のようなものが映る。
アビゲイルの腰くらいまでの大きさの石が、漆黒の地面に刺さっていた。
「……これは?」
「――新生の神。エヴァンの墓だ。……あれは人間を愛していたから、人と同じ形で弔っているんだ」




