神話の物語
「とはいえ、始まりの物語はあまりに昔すぎて、きちんと保存はできていないんです」
「始まりの物語?」
「古来より物語というのは数々の人間の手によって書き換えられてきました。神話というのはそういうものなのです」
また話し方が普通になっている。
どうやら歴史を語るときの彼は、こうなってしまうようだ。
聞きやすくていいかと、アビゲイルは饒舌に語るギーヴを見つめた。
「過去の偉人が自らの考えを盛り込み書いたものが、いつのまにか真実の歴史として語られることもあるんです。だからこそ歴史は面白い。事実だけが真実になるわけではないのですから……っ!」
「楽しそうなところ悪いが、俺が聞きたいのは神話の話だ」
「その神話もまた、エレンディーレの歴史なんですよぉ」
にたり、と笑うギーヴに、グレイアムは瞼を半分落とす。
「――つまり、神話もまた改変されていると言うことか……?」
「その可能性が高いんですよ。ただのぼくの仮説ですけど……聞きますぅ?」
「もちろん」
どうやら本題に入るらしい。
アビゲイルはグレイアムの後ろから抜け、こっそりと彼の隣へと移動した。
「その前に一つ質問なんですけどぉ。神話を知りたいのは、アビゲイル王女殿下のためですかぁ?」
グレイアムはしばし沈黙したのちに、こくりと頷いた。
「そうだ。この国で赤が禁忌とされている理由を、ちゃんと知りたいと思ってな」
「……んー。まあいいでしょう。真実の神話を知りたい、と」
「と、いうことは……やっぱり今伝えられている伝承は偽りってこと?」
黙って聞いていたアビゲイルが思わず口を開けば、ギーヴはローアシア大陸の全てという本を差し出してきた。
「王女様が望まれているものかはわかりませんがぁ……。多分これが一番真実に近いのかなぁ? とぼくは思ってますよぉ」
アビゲイルはギーヴの言葉を受け、そっと本に手を伸ばす。
とりあえずとパラパラと本を流し見すれば、そこには過去にあったというローアシア大陸について詳しく載っているようだった。
「読むのめんどくさければ説明くらいはしますよぉ」
「この本もありがたく読むが、ギーヴ。君の考えも聞きたい」
「んー。ブラックローズ公爵は人たらしですねぇ」
どうやら気分をよくしたらしい。
ギーヴはウキウキとした様子で話し始めた。
「公爵が聞きたいのは死の神、についてですかねぇ?」
「グレイアムでいい。その通りだ」
「…………ふむ。ではグレイアム。これは確信があるものではなく、たくさんある歴史を読み解いたぼくの、ただの一意見だと理解してくださいますか?」
なんだが嬉しそうにイキイキとし始めたギーヴは、グレイアムに確認をとった。
「わかった。これから聞くのはたくさんの歴史を知る君が感じた、一意見だ」
「素晴らしい! ……王女殿下も同じでよろしいですかぁ?」
「もちろんよ」
アビゲイルからも了承を取るということは、今から話す内容を、あまり他所に言いふらしてほしくはないのだろう。
確信のない内容を話す時に慎重になるギーヴに、信用を覚え始める。
「ては、簡単にですが……。お渡ししたそちらの本、そちらはその昔、まだエレンディーレという国がなかった時代。古き地、ローアシア大陸についてです」
ギーヴが言うにはこうだ。
そのローアシア大陸とは、現在のエレンディーレ、フェンツェル、チャリオルト、ミュンヘンがある場所を示していたらしい。
「エレンディーレは今、どの国とも海を隔て離れてるわよね?」
「そこがまた、歴史の面白いところです。簡単に言うのなら、天変地異でエレンディーレだけが離れてしまったのです」
「天変地異?」
「そこはお二人とも知った話じゃないですか?」
知った話。
そう聞いてアビゲイルの頭に浮かんだのは、女神のことだ。
死の神に連れ去られてしまったという女神。
彼女がいなくなったことで、この世界は未曾有の危機に陥ったと聞く。
つまり彼の言う天変地異とは……。
「女神が死の神に連れて行かれたから、起きたことと言うことか?」
「んー……。半分アタリ、半分ハズレって感じですかねぇ」
ギーヴはアビゲイルの前にある本をぺらぺらとめくり、ある一つのページを開いた。
そこには『第三章 神々の話』と書かれている。
「ここを読んでもらうと、とても興味深いことが書いてあると思いますよぉ」
章の表紙には挿絵が描かれている。
羽が生えた姿をしていることから、これが神なのだろう。
だがどこか変だ。
表紙には三人の男女が描かれている。
「ちなみにこの本はエレンディーレにはなく、フェンツェルの崩壊した遺跡から発見されたものです」
「……つまり、フェンツェルの歴史に大きく関わっているということか」
「そういうことですぅ。ささ! 読んで読んで! あ、私が解説もするのでご安心くださぃ」
アビゲイルはギーヴの言葉通りに、ぺらりとページを巡った。
「……これは、神話の時代の物語である。あるところに二人の神がいた。一人は終焉司る神。……もう一人は新生を司る神。彼らは……恋人だった」
そうして語られた物語は、アビゲイルたちの予想を大きく超えたものだった――。




