おさらいをしよう
「――まさか、アリシアが俺と同じ転生者だったなんて……」
「…………予想外ね」
アリシアと話した後、アビゲイルは隠れていたグレイアムを呼び、彼の部屋へと向かった。
本来なら異性の部屋に夜中入ることは許されていないが、アビゲイルとグレイアムは婚約者である。
さらには国王からの推薦者ということで、割と好き勝手やれているのだ。
そんなグレイアムの部屋は質素だった。
ベッドに机、そしてソファが置かれているだけ。
そんな誰にも聞かれない場所で、二人は険しい顔をする。
「アリシアが転生者なら、確かに元の物語に戻そうとするだろうな。これはアリシアのための物語だから……」
「……」
アリシアの様子を思い出す。
確かに彼女は物語を元に戻そうと必死になっていた。
アビゲイルに悪役に戻れと言うほど。
「……改めてだけれど、グレイアムが知っているゲームの物語を教えてもらってもいい? アリシアと話を合わせないと」
「それはいいが……。そもそもどうして俺のことを言わなかった? 俺が転生者だと伝えれば、そんな面倒なことにはならなかっただろう?」
グレイアムからの問いに、アビゲイルはこくりと頷いた。
「その通りなんだけれど……。なんだか、アリシアには知られちゃ行けない気がしたの」
物語を元に戻すことに躍起になっているアリシアが、その物語の登場人物であるグレイアムが転生者だと知ったら……。
「アリシアが私を転生者だと思っているのなら、そう思わせるのが得策かなって」
「そうか。アビゲイルがそう思ったのならそれでいい。じゃあ、改めて物語をおさらいするか」
「ええ。頼むわ」
グレイアムはわかりやすいよう、紙に書きつつ話を進めてくれた。
「まずは物語のタイトルだな。ここは【ミモザの愛】と呼ばれるゲームの中の世界だ」
「ミモザの愛……。覚えたわ」
「そのゲームは主人公がアリシアで、攻略対象者は五人。エレンディーレ公爵、グレイアム。フェンツェル伯爵、ジョージ。エレンディーレ宰相の息子であり、幼なじみのアスター。エレンディーレの歴史学者、ギーヴ。チャリオルト騎士団長の息子、ローウェル」
「……紙に書いてもらってもいい?」
「もちろんだ」
グレイアムはさらさらと紙に名前を書いていくと、ついでにと特徴なども記載してくれた。
アビゲイルはそれを受け取りつつ、何度も読んで頭に叩き込む。
「誰とも一定数以上の好感度を得られなかった場合、幼なじみのアスターとくっつくのね?」
「そうだ。大団円ルート……みんな仲良しこよしルートはないからな。元からアリシアを好きなアスターとくっついて終わる。逆を言えば、アスターはある意味攻略対象ではないと言うわけだ」
アスターは攻略しなくても恋愛相手となる。
なら攻略する必要はないということらしい。
ゲームとはこんなにも難しいのかと、アビゲイルの頭はこんがらがりそうだ。
「物語はアリシアが学院で薬草学を学んでいた時だ。攻略対象者と出会い仲を育んでいると、ある時ローウェル……チャリオルト騎士団長の息子が怪我を負い倒れているのを見つける。アリシアが薬草で治そうとした時、女神の力が覚醒するんだ」
「女神の力って、癒しの力よね?」
大地を実りで満たし、人々に愛された女神。
アリシアはその女神の生まれ変わりだと言う。
「そうだ。アリシアはその力を使い、薬草を自在に出すことができる。さらには癒しの力も相まって、その効果は魔法となった」
「……本当にアリシアは特別なのね」
羨ましいなと思う。
人々から慕われ、愛される彼女が。
「アリシアが女神の力を目覚めさせた時、死の神もまた封印が解かれる。――世界が変わるんだ」
死の神の封印が解かれたことで、世界は破滅へと向かう。
作物は枯れ、大地は裂かれ、生き物の命は絶える。
そんな地獄が訪れるのだ。
「それを止めるのがアリシアで、そんなアリシアを邪魔するのがアビゲイル……君だ」
「私が死の神に恋をして、彼のためにとアリシアを止めようとするのよね?」
「そうだ。殺してでも止めようとした」
「…………」
アビゲイルは己の手を見る。
今のアビゲイルと物語の中のアビゲイル。
違う存在でありたいと思うけれど、彼女の行動を理解できてしまう。
それはつまり、中にいるのだ。
アリシアを殺してでも止めようとするアビゲイルが。
【もし】を想像しては怖くて震えてしまう。
グレイアムが転生者ではなく、アビゲイルを愛してくれなかったら……。
「と、まあざっくりだが物語の本筋はこんなところだ。最後はアリシアが死の神を封印し、一番好感度が高いやつと結ばれて終わり。詳しい各キャラのルートは、後でまとめて書いておく」
「……ありがとう」
まだまだ覚えることは多そうだ。
ちゃんと覚えなくては……と紙と睨めっこしていると、そんなアビゲイルにグレイアムが微笑みかけた。
「心配しなくても大丈夫だ。――アビゲイルがそうなるとこはない」
「…………」
一瞬不安そうな顔をしたことに気づいていたのだろう。
グレイアムからそんな言葉を投げかけられて、アビゲイルは無意識に入っていた肩の力を抜いた。
「……そうね。その通りだわ」
グレイアムがそばにいてくれる限り、アビゲイルが死の神に落ちることはない。
だからそんな未来は訪れないのだと、安心することができた。
――その日の夜。アビゲイルは不思議な夢を見た。




