いらぬおせっかい
その数日後。
アビゲイルの元に一通の手紙が届けられた。
相手はジョージで、内容は約束についてだ。
簡単に訳せば、アリシアとジョージが二人で会うタイミングでアビゲイルが訪れ、ジョージが去るというものだった。
そんなことをしたらジョージはアリシアに嫌われるかもしれないというのに、彼の正義感は本当のようだ。
アビゲイルは手紙に書かれていた日時、武器庫へと向かった。
昼間は人がいる場所だが、夜になると人気がなくなる。
ジョージは優秀で、武器庫の管理を任されているらしい。
だから夜に二人っきりで、逢瀬の場所をそんなところにできたというわけだ。
実際アビゲイルが向かえば、窓からゆらゆらと揺れる蝋燭の火が見えた。
二人はそこで仲を深めているらしい。
「…………」
と、ここまで言えばアリシアとジョージが恋人同士だと思うだろうが、実は違うらしい。
アリシアは他にも複数人の男性と親しくしており、その誰一人として恋人ではないようだ。
「……誰ともくっつかずに物語を終えるつもりか? ――いや、そんなルートなかったはずだ。このゲームは大団円がない。誰かの好感度が既定値以上に達していなかった場合、幼なじみのアスターとくっつくはずだ」
グレイアムがぶつぶつ言っていた内容のほとんどを理解できなかったが、つまるところアリシアは誰ともそういう関係にないらしい。
だというのに異性と一定数以上親しくしているのは、果たしてどうなのだろうかという疑問が浮かぶ。
そしてそれを、グレイアムも思ったようだ。
「アスターを狙って……? いや、それにしては攻略対象全員と親しくしているし……。まさか! 俺の知らないハーレムルートでもあるのか……!?」
「なに言ってるかわからないんだけれど。……もう行くわよ」
申し訳ないが彼の言っていることの半分以上わからない。
アビゲイルはグレイアムの言葉を止めると、武器庫の扉に手をかけた。
ガチャリと音をたててドアが開き、アビゲイルが顔をのぞかせれば、中にいたアリシアの目が見開く。
「――月が綺麗な夜ね。アリシア」
「…………どう、して」
「アリシア。アビゲイル王女殿下は僕がお呼びしたんだ」
「……ジョージ? なに言って…………」
アビゲイルが素早く中へと入り、ドアを後ろ手に閉める。
ちなみにグレイアムはまだ外だ。
ジョージとの約束では、アビゲイルとアリシア二人で話さなければならない。
もちろんジョージが去った後、グレイアムは中に入ってくるが。
「アリシア。アビゲイル殿下とちゃんと話すべきだ。君の後悔を消すべきなんだ」
「………………」
アリシアは大きく目を見開くと、まるで石像のように固まった。
信じられないと言いたげにジョージを見た後、小さく口を開いた。
「――あ、りがとう、ジョージ。あなたのおかげで、お姉様とちゃんとお話しできるわ」
「アリシア……!」
「もしよければ、お姉様と二人っきりでお話ししてもいいかしら?」
「もちろんだ! 僕は邪魔だろうから離れるよ」
ジョージは手を伸ばすとアリシアの頰に触れる。
二度ほど撫でると、ほっと息をついた。
「よかった……。余計なことをしてしまったかと不安だったんだ」
「そんなことないわ。あなたの優しさに感謝します」
微笑むアリシアに頷いたジョージは、部屋を出るためアビゲイルの方へとやってくる。
「アビゲイル王女殿下。どうぞ、アリシアの後悔を聞いてあげてください。……彼女は、優しい人なんです」
「わかってるわ。本当にありがとう」
アビゲイルの言葉を聞いて心底安心したのだろう。
ジョージは微笑みながら武器庫を出ていった。
彼が消え、扉が閉まり、足音が遠くなるまで待つ。
その時間わずか一分ほど。
沈黙を破ったのは、アリシアのため息であった。
「――信じられない。あいつあんなおせっかいだったわけ?」
「…………」
「はっ! 自分が気持ちよくなるためだけに与えようとしてくる善意ほど、うざったいものはないわ」
「…………アリシア?」
「なによ」
美しい顔はそのままに。
優しい声もそのままに。
しかしそこにいるアリシアは、およそアビゲイルの知るアリシアではなかった。
彼女は乱雑に頭をかくと、今度こそ大きくため息をつく。
「めんっどくさっ。あんたもさぁ、避けられてるのわかってるんだから察しなさいよ。頭悪いわね」
「…………あなた、誰?」
あまりにも違う。
アビゲイルが知るアリシアと。
アリシアは優しく美しい女性であり、皆の憧れの王女だ。
休みの日はボランティアなどの人助けに精を出す、国民からも慕われている。
そんな姿に、アビゲイルは少しだけ憧れのような感情を持っていたのだ。
――なのに、ここにいるのは、誰だ?
「誰? そんなの私が聞きたいわよ。アビゲイル……。あなたはなに? どうして物語通りの悪役をやらないわけ?」
そう告げてきたアリシアの瞳は鋭く、蝋燭の炎に照らされた顔は、濃い影を纏っていた――。




