おせっかい
とある日の学院の食堂にて。
アビゲイルとグレイアムは食事をとっていた。
呪われた王女とその呪いを受けた公爵として、周りからは腫れ物のように扱われていた。
二人とも積極的に周りと接点を持つこともなかったため、気づけば賑わう食堂で、二人の周りには人がいない。
だがそれならそれで内緒話もしやすいと、アビゲイルたちは食事をとりつつあれこれと話をした。
「……ここの料理美味しいけれど、公爵家のほうが味付けが好きだわ」
「料理長が泣いて喜ぶな」
料理長の感極まった顔を思い浮かべ、アビゲイルはくすりと笑う。
「最初のころは毎回味の感想を口にしてたから、私の好みに合わせてくれたのよね?」
「アビゲイルが美味しい美味しいと食べるから、料理長もやる気に満ちてたな」
帰りたいなと、公爵家を思い出す。
一週間に一度は休みを利用して帰っていると言うのに、すぐに戻りたいと思ってしまう。
これがホームシックというやつなのかと眉尻を下げていると、そんなアビゲイルの頰にグレイアムが触れた。
「また三日後には帰れる。みんなに会えるから、それまで我慢してくれ」
グレイアムは公爵家に帰ってからも忙しくしている。
学院でも優秀らしい彼は、よく教員たちとも話していた。
さすがだなと思いつつ、こくりと頷く。
「大丈夫よ。グレイアムがいてくれるから」
「そうか。……ならよかった」
さあ、食事を食べてしまおうと、もぐもぐと口を動かしていると、遠巻きに見られていた二人に近づいてくる人がいた。
「――あの、少しお話しよろしいでしょうか?」
「あなた、アリシアと一緒にいた…………」
「ジョージです。アビゲイル王女殿下と、少しだけお話しさせていただけたらと思うのですが……」
二人の元へとやってきたのは、フェンツェル国伯爵の息子、ジョージ•ルーウェルだ。
グレイアム曰く、アリシアの攻略対象だとか。
彼はアビゲイルたちのそばまでやってくると、困ったように眉を寄せた。
「お食事中申し訳ございません。……ただ、こんな時でもないとお話しできないかと思いまして……」
「構わないわ。……よかったら座ってちょうだい」
手で座るよう勧めると、表情を少しだけ緩めた。
アビゲイルの前、グレイアムの隣に少しだけ距離を空けて腰を据えると、さっそくと口を開く。
「この間は申し訳ございませんでした」
「あなたが謝ることじゃないわ。……アリシアのいう通り、私が悪かったのよ」
彼の前ではか弱い女性を演じよう。
儚げで、悲しげ。
そんな雰囲気を醸し出せば、ジョージは慌て出す。
「そのようなこと……! アリシアもあの後とても後悔しておりました」
「…………そう」
不思議なのだ。
アリシアのあの態度。
以前の彼女とは明らかに違う。
醸し出される雰囲気が変わっていたのだ。
アビゲイルに対する態度も。
彼女の中で、なにか変化があったのだろう。
「……アリシアは、アビゲイル殿下との仲をよくしたいと思っています。前回は……急だったので心の準備ができてなかったのでしょう」
本当にそうだろうか?
アビゲイルがアリシアから感じたのは後悔などではない。
明らかに敵視していたように思えた。
だがジョージがそう思っているのなら、ある意味都合がいい。
「……本当に? 私には……拒絶されたように思えたの」
「いいえ違います! アリシアはあの時、過去の己の行動を後悔していると言っていました。もっとアビゲイル王女殿下のことを知るべきだったと……」
アビゲイルは潤む目元にそっと人差し指を這わす。
涙を拭うように。
「――本当に? 私、アリシアと話していいのかしら……?」
「もちろんです! そのお手伝いを、僕にさせていただけたらと思います」
己の胸元に手を当てて、力強く見つめてくるジョージ。
そんな彼にバレないよう表情は悲しげにしつつも、頭の中は動かし続けた。
彼をどう利用すれば、アリシアに近づけるのか、を。
「……けれどアリシアはそれを望むかしら? あの子が望まないことを……私はしたくないわ」
「むしろアリシアが望んでいるのです! アビゲイル王女殿下さえよろしければ、ぜひ! 私にお手伝いをさせていただきたいのです!」
力強く口にしたジョージに、アビゲイルはこのくらいかと心の中でつぶやいた。
かわいそうな演技は、やりすぎるとくどいだろう。
アビゲイルは目元を拭うと、微笑みながら頷いた。
「ありがとう。あなたのおかげで、アリシアとお話ができるわ」
「――では!」
「ええ、お願いするわ。アリシアと二人で話をする場を、作ってほしいの」
「もちろんです!」
ジョージは立ち上がるとなんども頷きつつ、両手を力強く握った。
「必ずやお二人の仲を改善してみせます!」
「ありがとう。本当に嬉しいわ。さすが、アリシアの騎士様ね……?」
ジョージの瞳はやる気に満ち、日にちが決まったら連絡するとだけ告げると、足早に去っていった。
そんな彼の後ろ姿に手を振りつつ、その姿がいなくなるまで見送る。
「――うまくいったわ」
「二人で話をするのか?」
「あら、あなたは興味ないのかしら?」
「まさか。同行するに決まってるだろう」
先ほどまでの悲壮感はどこへやら。
アビゲイルは楽しげに微笑んだ。




