会いにきました
花の香りが鼻腔をくすぐる。
庭園のさらに奥にある温室の中では、美しい花々が咲き誇っていた。
そこの中央に真っ白なガゼボが置かれており、中にはテーブルや椅子がある。
その上にお手製のお弁当を広げて、アリシアは男性と話していた。
その男性はフェンツェルから来ている伯爵家の出であり、剣術の腕前が素晴らしいようだ。
いつかアリシアの騎士に……なんて話を、廊下でしていたのを聞いたことがある。
それくらいアリシアにご執心らしい男性は、頰を赤らめながらサンドイッチを食べていた。
「とても美味しいよ。ありがとう、アリシア」
「ジョージがいつも頑張ってくれてるから、そのお礼よ」
「……嬉しい。ありがとう」
薄い緑色の髪と、濃い緑色の瞳を持つ見目麗しい男性は、ジョージと名前を呼ばれたことにすら喜びを表した。
アリシアが入れてくれた紅茶で一息ついたと時、ふと思い出したように顔を上げる。
「――そういえば、アビゲイル王女が院に入ったとか……」
「………………えぇ」
アリシアは手に持っていたティーカップをテーブルに置き、切ない表情を見せる。
守ってあげなくちゃと相手に思わせるその雰囲気に、目の前にいるジョージは前のめりになった。
「アビゲイル王女と、なにかあったのか……? 」
「あ、違うのよ! ……お姉様は、子どものころからかわいそうなかただったの。……赤い目というだけで、腫れ物のように扱われて」
アリシアの言葉にジョージは悲しげに瞳を伏せた。
「そうだな。この国では赤は禁忌とされているとか…………。そのせいで王女も苦労したと聞く」
「……ええ。子どものころはどうしてお姉様だけ別に暮らしているのかわからなかったわ。けれど大人になってわかったの。あれは一人だけ隔離されて隠されてたんだって」
アリシアは膝の上に置いた手をギュッと握り、強く眉間に皺を寄せた。
「――恥ずかしかったの。お姉様がそんな思いをしているなんて知らなくて……私っ」
「……アリシア」
「毎日無邪気にお母様に聞いたわ。『今日はお姉様に会っちゃダメなの?』って。大人になって愚かな自分を叱ったわ」
ジョージは今にも泣き出しそうなアリシアへ手を伸ばし、遠慮がちにその頭に触れた。
優しく、慰めるように撫でる。
「アリシア。知らなかった子どものころの君を、責める必要はない」
「……ジョージ。でも、私はっ!」
「君のせいじゃない。もし責めるべき人がいるなら……それはこんな愚かな常識を広めた過去のものたちだ」
顔を上げたアリシアは、その青々とした瞳から美しい涙を一つ、溢れ落とした。
「……私、本当はお姉様と仲良くしたいの。――でも、お姉様がつらい思いをしていた時に、気づいてあげられなかった私がそんなこと……」
「自分を責めることはない。アリシア……君はまるで女神だ。君のその優しさが、必ずアビゲイル王女に届くはずだ」
「……でもまだ怖いの。お姉様に拒絶されるんじゃないかって……。責められてしまうかもしれないと……」
アリシアの言葉にジョージは首を振って否定した。
「だとしても、それはアリシアのせいじゃない。……もし仮にアビゲイル王女からお叱りの言葉を受けたとしたら、それは彼女がなにも理解してないだけだ」
「そんなこと……。お姉様は本当につらい思いをしてきて……」
「だからってなにも知らず、今傷ついている君にひどい言葉を浴びせていいわけじゃない」
ジョージは懐からハンカチを取り出すと、そっと彼女の涙を拭う。
そのままハンカチを手渡し、アリシアの肩に優しく触れる。
「もし君が危惧している状況になったら、それは君のせいではない。アビゲイル王女にそうさせてしまった周りのせいなのだから、不安がることはないさ」
「――ジョージ。……ありがとう。ごめんなさい、こんなこと相談してしまって」
「むしろ嬉しい。……君の弱さもまた、愛おしいと思うよ」
アリシアの潤んだ瞳がジョージを見上げる。
甘い雰囲気が二人を包んだその時だ。
温室の中に足音が響いた。
「面白そうなお話ね。――私も混ぜてくださらない?」
ひゅっとアリシアが息を呑む。
足音はコツコツと音を立てて近づいてきて、薔薇の花が咲き誇る生垣から、白く輝く美しい髪を靡かせた女性が現れる。
「やっと会えたわね。アリシア」
「…………お姉様」
先ほどまでの甘い雰囲気はどこへやら。
アリシアは苦虫を潰したような顔をして、アビゲイルを見つめる。
同じくアビゲイルを見開いた瞳で見てくるジョージは、アリシアがそんな表情をしていることには気づいてないだろう。
全く違う表情をして自分を見てくる二人に、アビゲイルは微笑みかけた。
「安心してちょうだい。……ちょっと、お話をしにきたの」
そう口にしたアビゲイルに、アリシアはごくりと唾を飲み込んだ。




