学院にて
エレンディーレの北東にあるトス学園。
国内外から選ばれたものだけが通うことのできるそこは、十に満たない子どもから、二十歳を超えた大人まで、学びを求めて集う場所である。
マンモス学校、とはグレイアムの言葉だ。
そんなトス学園の中にある学院は、本来なら幼少期からそこで学び、上位の成績を収めたものだけが進むことのできる場所。
広大な土地と膨大な知識が集められたその場所には、国からの資金のもと専門的知識を深めようという志のものが集った。
「――だからあなたはふさわしくないのよ。アビゲイル王女殿下」
学院の廊下。
ここの研究服を身にまとったアビゲイルは、とある女生徒に止められていた。
彼女の名前はチャン。
他国から薬草学を学ぶために来た女性だ。
漆黒の髪と瞳。
そして小麦色に輝く肌を持ったチャンは、アビゲイルの前で鼻を鳴らす。
「ここは知識をさらに深めるところ。あなたのように外からコネで入るような場所ではないわ」
チャンの後ろにいるのは取り巻きだろうか?
明らかにアビゲイルのことを恐怖の対象として見ている。
チャンは他国から来た人間だから、アビゲイルのこの赤い瞳をそこまで恐れてはいないようだ。
だが彼女の後ろの人たちは違う。
アビゲイルと目が合うと、サッと視線を逸らす。
「――学院に入るための試験は皆と同じものを受けたわ。合格点をとることができたから、私は今ここにいるの。あなたは学院の決定に意を唱えると?」
「……そもそも、国王陛下の推薦がなければ試験を受けることもできなかったのでしょう!?」
「そうね。持つべきものは、大切にしてくれるお兄様だわ」
アビゲイルがこの学院に入る際、他の人と同じ試験を受けた。
彼らと同じく合格ラインを超えていたから入ることができたのだが、とはいえ外部生というのを嫌う人は多いらしい。
それに加えてアビゲイルを呪われた王女と呼ぶ人が多く、他国の人間にもあっという間に嫌な意味で有名になってしまった。
「思ったよりも薬草学が面白くて、気づいたら勉強が捗ったのよ」
ララとリリは田舎の出で、母が薬草に長けていたらしい。
それに加えてグレイアムの医療知識も合わさり、アビゲイルは数ヶ月でなかなかの知識を得ることができた。
薬草とは奥深い。
毒にも薬にもなるそれは、さらにいうなら食べ物にだってなる。
レオンと共に目を輝かせながら薬草について調べた日々が懐かしい……。
「だからって、あなたがアリシアに勝てるわけがないけれどね」
「――」
懐かしい記憶に酔いしれていると、そんな言葉が耳に届けられた。
アビゲイルは楽しかった記憶の海を泳ぐのをやめ、すっと瞼を落とす。
チャンはアビゲイルに会うたびに、必ずその名を口にするのだ。
――アリシア・エレンディーレ。
もはや信仰なのではと疑いたくなるほど盲信的にアリシアを推すチャンは、その姉であるアビゲイルを認めないらしい。
その理由は簡単。
アビゲイルがこの学院にやってきてからというもの、なぜかアリシアとの間には剣呑な雰囲気が漂っているのだ。
そもそもはじまりは、入院式だ。
ほとんど外部生がいないトス学院では、アビゲイルとグレイアムは目立つ存在だった。
だからこそ、アリシアと再会するのは簡単だ。
『――お姉様? …………どうして?』
『アリシア。……ひさしぶりね』
あの時の顔を、アビゲイルは忘れることができないでいた。
あり得ないと表情で訴えてくる彼女は、ただそれだけ言うと呆然と立ち尽くした。
まるで、信じられないものでも見るように。
『今日から私も学院に通うの。……よろしくね?』
『………………は、ぃ』
こくりと頷いたアリシアは、やがてそばにいる男性たちに連れられてどこかへと消えた。
あれがグレイアムのいう攻略対象? なのだろうかとその後ろ姿を見つめつつ、アビゲイルはアリシアを見送ったのだが……。
思えばあの時からおかしかった。
驚きはしただろうが、あそこまで拒絶の色が濃いとは思わなかったのだ。
実際、アリシアはあれからことごとくアビゲイルを避けている。
――グレイアムとは会うのに。
「アリシアは薬草学ではトップの成績を誇る才女でありながら、優しく美しく……この学院でも大人気の女性なの」
「そのようね」
アリシアはとても人気があるらしい。
彼女のそばには常に人がいるし、周りの人たちですら羨望の眼差しを向けている。
一目見ればすぐにわかることだ。
「そんなアリシアと呪われたあなたが姉妹だなんて……。なにかの間違いよ。そうでしょう?」
チャンからの問いを聞きつつ、アビゲイルの瞳はこちらへとやってくるグレイアムを捉えた。
あちらも授業が終わったらしい。
ならこんなくだらない茶番劇を続ける必要もないだろう。
アビゲイルはちらりとチャンを一瞥すると、グレイアムの方へ足を進めた。
「さあ? そんなに気になるのならお母様……。王太后に聞いてあげましょうか? チャンがアビゲイルは誰の子ですか? と気にしてましたよ、って」
チャンだけじゃない。
後ろにいる取り巻きたちですら顔を青ざめさせた。
当たり前だ。
そんなの王太后の、ひいては王族の不義を疑っているようなものなのだから。
こんなことを聞かれては、カミラはさぞ慌てることだろう。
彼女の性格的に、チャンはタダでは済まないはずだ。
それがわかるからか、黙り込んだ彼女にアビゲイルはクスリと笑った。
「もう少し考えて口を開いた方がいいわよ? お嬢さん」




