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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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鐘の音が響く

 その日の公爵家は、いい意味でピリピリとしていた。

 いつも綺麗な屋敷だが、その日は特に美しく、ホコリ一つないよう徹底されていた。

 飾られた花も色とりどりで、その日一番力強く咲いたものだけを剪定している。

 用意された食事も全て最高級品を使い、シェフが一つ一つ丁寧に調理した。

 紅茶から軽食に至るまで全てに気をつかい、持てるすべての力を注いだといっても過言ではない。

 もちろん、そこまでするのには理由がある。


「……今日ね」


「眠れたか? 気分はどうだ?」


「大丈夫。むしろ晴れやかよ」


 心配性のグレイアムに笑いかけつつも、アビゲイルの視線は窓の外に向いてしまう。

 今日という日を、心待ちにしていた。

 母、カミラへの復讐の日だ。

 ドキドキとうるさい心臓に手を当てつつ、アビゲイルは青空を飛ぶ鳥を眺める。

 カミラは鳥だ。

 ああやっていつでも自由に飛ぶことができる。

 だがそれも今日までだ。

 彼女はこの後堕とされるのだから。


 ――甘い蜜の中に。


 大丈夫。

 絶対に堕落させてみせると固く決意をした時、近くに立っていたレオンが口を開いた。


「姉ちゃん。……俺は、どうしたらいい?」


「……レオンはどうしたいの?」


「俺?」


 これからカミラがやってくる。

 レオンに会うために。

 カミラはきっと感動的な再会を望んでいるだろうが、そうなることはないだろう。

 なぜなら当人であるレオンの表情は浮かないからだ。

 だから聞いてみた。

 本人がどうしたいかを。

 まさか聞かれると思っていなかったのか、レオンは固まった。


「…………会いたくない」


「――そう。なら」


「でも! 姉ちゃんのために会う! これは変わらねぇ!」


 レオンの大きな声に、アビゲイルは少しだけ上半身を反らせた。


「だから教えてほしい。……俺はどうしたら、姉ちゃんの手助けができる?」


「…………」


 どうやらレオンの考えは変わらないらしい。

 アビゲイルは彼の紺色の瞳を眺め、やがて口を開いた。


「……あなたの思うままにしたらいいわ。抱きついてもいい。罵声を浴びせてもいい。あなたの思うがままになさい」


「――それでいいのか?」


「もちろんよ」


「…………わかった」


 いろいろ考えているのだろう。

 レオンは複雑そうな表情を隠すことなく、顔を伏せた。

 カミラのことを考えているのだろう。

 このあと彼がどんな態度をとるか、それはアビゲイルにもわからない。


「それにしてもレオン。着替えなくていいの?」


「……ん? ああ。今の俺は公爵家の使用人だ。だからこれでいい」


 一応正装を用意していたのだが、彼はそれを着るつもりはないらしい。

 むしろフェンツェルで着ていたボロボロの服で行くつもりだったようだが、それはエイベルに全力で止められていた。

 相手は母親とはいえ王太后。

 公爵家として失礼なことはできない。


「――さて、そろそろ俺たちは出迎えの準備をするか」


「ええ。エイベル。レオンの案内を任せるわ」


「かしこまりました」


 アビゲイルとグレイアムはカミラを出迎えるため、屋敷の入り口まで向かわなくてはならない。

 そしてレオンは存在自体がトップシークレットであるため、彼が屋敷の外でカミラと顔を合わせることはない。

 なのでここで一旦離れなくては。

 アビゲイルは立ち上がると、不安そうなレオンの頭を撫でる。


「大丈夫よ。きっと上手くいく」


「…………でも」


「だって私は、レオンを信じてるもの」


「――…………姉ちゃん」


 レオンの表情が明るくなった。

 微笑む彼に頷いて、アビゲイルは部屋を後にする。


「…………ふぅ」


 息をつく。

 うるさい心臓を落ち浮かせるために。

 グレイアムと共に廊下を歩きながらも、アビゲイルの頭の中は母、カミラのことでいっぱいだった。


「……私ね、お母様に愛してもらった記憶がないの」


「……ああ」


「当たり前よね。私を産んで、お母様は大変な思いをしたはずだから」


 赤目の子どもを産んだというだけで、カミラはたくさんの人間に非難されたらしい。

 ただ普通と違うというだけなのに。

 かわいそうだとは思うのだ。

 だがそんなアビゲイルの言葉を、グレイアムは真っ向から否定した。


「当たり前? 違うな。あの女は自分の子どもより自分の見え方をとっただけだ。人よりよく見えたいという、ただの見栄っ張りだ」


「……そう思う?」


「王太后のあの性格。アビゲイル誕生後も、先代国王からの寵愛もなくならなかった。なら周りは好き勝手いえないだろう。アビゲイルのあとにレオンが生まれていることも、証拠にならないか?」


「…………そうかも」


 真相はわからないけれど、少しだけ心が楽になった気がした。

 グレイアムに礼を言い、アビゲイルは屋敷の入り口で立ち止まった。

 少し遠くのほうから馬車の音が聞こえる。


「…………」


 小さな女の子が泣いている。

 夜が怖くて大きな涙をこぼすのだ。


『おかあさま! おかあさま! アビゲイルがいけない子でした。いい子にするからひとりにしないで……っ!』


 もちろんその声は届かない。

 熱が出ている時もうなされながら、求めるのは知らないはずの母の温もり。


『おかあさま……。くるしいよ、たすけて……っ』


 ――でももう、そんな子どもはいないのだ。


 過去は消えない。

 カミラの仕打ちを、消し去ることなんてできない。

 だからあの子どもを、今のアビゲイルがほんの少しだけ、慰めてあげるのだ。


 ――もう、大丈夫だよ。


 と。

 頭を撫でてあげるのだ。

 そのためにすることは一つ。


「――ようこそいらっしゃいました。王太后様」


 馬車が止まり、降りてきたカミラに頭を下げる。

 彼女が今どんな表情をしているかは知らない。

 ゆっくりと頭を上げる。

 アビゲイルの赤い目に、焦った表情のカミラが映った時、復讐の鐘は鳴った。

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