お誘い
「――つまり、フェンツェルと手を組め……と?」
「そういうことです」
アビゲイルの話を聞いたヒューバートは、考えるように視線をずらした。
「……無理だ。先ほども言ったが、彼の国とは考えかたが違いすぎる。すぐに良好な関係にとは……」
「そこは私がやります。オルフェウス国王殿下とは、顔見知りですので」
ヒューバートは大きく目を見開き、アビゲイルを見てくる。
彼はしばし口を開け閉めし、言葉を選んでいるようだった。
「――その、アビゲイル。お前は……」
「私では不足ですか?」
「いや! そんなことはない。僕はお前を信じているぞ。うんうん」
こくこくと頷いたヒューバートは、しかしどこか苦い顔をした。
「……アビゲイル。お前は変わったんだな」
「――突然なんですか?」
驚いた。
まさかヒューバートから、改めてそんなことを言われるなんて思わなかったのだ。
「僕は……お前が他人と親しくするなんて思わなかった」
「……この国ではそうでしょうね。ですがフェンツェルでは違います」
「――っ」
「……あの国では、私は私でいられました」
ヒューバートはころころ表情が変わるなと、見ていて飽きない。
またしても苦虫を潰したような顔をしたヒューバートは、すぐに顔色を青くした。
「――ま、まさか……っ! フェンツェルに行くつもりなのか!?」
「え?」
「あちらの国での待遇は確かにいいだろう……。でも、こっちには僕がいる! アビゲイルの実の兄であり、愛する兄上だ。絶対エレンディーレのほうがいいに決まってる!」
「……なんの話ですか?」
ヒューバートが言いたいことをちっとも理解できない。
いや、理解はできている。
アビゲイルがフェンツェルに行くことを阻止したいということだろう。
むしろなぜそんな話に飛躍するのだと、アビゲイルは頭を振った。
「私はエレンディーレの王族ですよ? そう簡単に他国へはいけません」
「け、け、結婚したら……行けるだろう!?」
「結婚って……。まあ確かにオルフェウス国王陛下からは、結婚の話が出たけれど……」
「――」
ヒューバートの息が止まる。
カチコチに固まったヒューバートに、アビゲイルは呆れた視線を向けた。
「もちろん断りました。……私は、グレイアムと結婚します」
「――……っ」
一瞬顔が晴れたと思ったらまた曇った。
しばしの沈黙ののち、ヒューバートはゆっくりと口を開く。
「…………わかった。フェンツェルとのこと、アビゲイルに一任する」
「ありがとうございます」
「それで……だ。まあ、あれだ……」
ヒューバートはちらりとアビゲイルを見た後、グレイアムへと視線を向ける。
「……ほ、本当に、するのか?」
「――なにを?」
「………………結婚だ」
ボソッとつぶやかれた言葉はとても聞きづらかった。
だが上手く聞きとれたらしいグレイアムが、こくりと頷く。
「そういえば俺とアビゲイルの婚約の件はどうなりましたか?」
「……………………今回のフェンツェルとの件が上手くいったら、考えてやってもいい」
「つまりなにも進んでないと……?」
「しかたないだろう!? 純粋に即位で忙しかったし……。なにより周りはお前がアリシアを好きだと思ってるんだぞ!?」
「アビゲイルと陛下の即位式のパーティーにも出ましたし、少しは周りの見る目も変わったのでは?」
グレイアムの言うとおりだったのだろう。
ヒューバートは黙り込んだ後、しぶしぶと言った様子で口を開いた。
「……婚約までだ。結婚は早い」
「――そういえばお兄様の結婚はまだだとか。王妃をと望む声も大きいと」
「いい! その話は! 母上に死ぬほどされた!」
耳が痛いと塞ぐヒューバートに、アビゲイルはしてやったりと心の中で笑う。
婚約の希望を遠回しにされていたこと、さらには結婚をしぶられたこと。
そこに一矢報いてやろうと思ったのだが、どうやら効果は抜群だったらしい。
「……大変そうですね?」
「死ぬほどな! 母上の近しいところから女性を連れてきては、早く結婚しろとうるさくて……」
「男爵令嬢とはどうなったのですか?」
「ん? ああ、別れた」
あれだけ熱を上げていたというのに、燃え盛る炎はそうそうに消したらしい。
なんともいえない顔をしつつも、ふと壁のほうで待つレオンへと視線を向けた。
彼はヒューバートをじっと見つめ、話を聞き逃さないようにしている。
「……そういえば、お母様はどうなさっていますか?」
「どう? 普段どおり口うるさいが……。だが最近、ぼーっとしていることが増えていると聞いたな」
レオンの眉間が、人知れず寄った。
どうやらカミラのことを聞くだけで、いろいろ思うことがあるようだ。
だがレオンとは逆に、アビゲイルの頰は薄く色づく。
なぜならヒューバートの言葉は、アビゲイルの作戦が上手くいっていることを教えてくれたからである。
「――そうですか。お兄様、もしよろしければお母様に伝言をお伝えできませんか?」
「母上に? 構わないが……?」
「では……」
アビゲイルは口を開く。
無意識にも口角を上げて。
「お母様が探されていた宝石を見つけました。ぜひ公爵家に見にきてください――と」




