対等な立場
フェンツェルの若き国王、オルフェウスとの約束。
エレンディーレの国王であり、アビゲイルの兄であるヒューバートを導くためにも、アビゲイルたちは帰国の途についた。
フェンツェルでの出来事は、アビゲイルの中の価値観を大きく変えた。
それはもちろん赤についてだ。
エレンディーレではあれだけ嫌われていた赤も、他国に行けばむしろ喜ばれることもある。
人の考えなんて、無数に存在しているのだ。
もし本当にエレンディーレで生きることがつらくなったら、公爵家の面々を連れてフェンツェルに来たっていい。
それくらいなら面倒みてくれるだろうと、食えないオルフェウスのことを思い出す。
彼なら笑って迎え入れてくれそうだが、もしそうなるとしても当分先だろう。
アビゲイルには、やらなくてはならないことがあるのだから。
「というわけで、ひとまず。はい、これ」
「…………」
「そんな渋い顔をしないでちょうだい。今までの衣食住の分よ。……これからもあるから、足りないかもだけど。そこは今後も稼いでくるつもりよ」
「…………いらない」
「受け取って!」
荷造りをしてくれているエイベルやララリリ。
そしてその手伝いをするレオンの前で、アビゲイルは例のカバンをグレイアムに押し付けていた。
「お世話になりっぱなしは嫌なのよ!」
「アビゲイルの世話をするのは、俺の趣味みたいなものだ。気にするな」
「気にするわよ! あとさすがに悪趣味すぎるからやめなさい!」
グレイアムからはもらってばかりだから返したいのに、彼はちっとも受け取ってくれない。
公爵家での食事や寝床。
出かけるとなればアビゲイルの洋服に装飾品たち。
どれもこれも値がはるものばかりだ。
それらを無償でもらうというのはさすがに申し訳ない。
足りないかもしれないけれど、受け取って欲しいと固い胸元に押し付けるが、彼は首を振るばかりだ。
「不要だ。それはアビゲイルのものだ」
「そうよ! だからどう使おうと私の勝手でしょ!」
「受け取るかどうかも俺の勝手だ」
「――っ! なんって強情なの!?」
なぜこうも頑なに受け取ろうとしないのか。
アビゲイルの顔に怒りが滲んだ時、そっとその肩をレオンが掴んだ。
「姉ちゃん。兄ちゃんは男としてカッコつけたいんだよ」
「……男として? 意味がわからないわ」
「好きな女に金出させるなんて恥ずかしいマネ、できないのさ」
「なおさら意味がわからないわ……」
そもそもアビゲイルにかかったお金なのだから、アビゲイルが払ってなにがおかしいのだ?
そのために食えないオルフェウスと手を組んだというのに。
「まあとはいえ、姉ちゃんの気持ちもわからなくはないぜ。払われっぱなしってのは、少しだけ罪悪感が湧くからなぁ」
「さすが。元ヒモは言うことが違いますね」
「リリ! 余計なこと言うなよ!」
「本当に罪悪感なんてあったんですか?」
「ララは俺をなんだと思ってるんだ?」
持ち前の明るさからか、レオンは双子と仲良くなったようだ。
エイベルにも気に入られているし、この感じなら公爵家でもやっていけるだろう。
「姉ちゃんとしては対等でいたいんだろう?」
「そうよ。レオンはわかるいい子ねぇ」
「へへ! まあ兄ちゃんさ、受け取ってやったらどうよ? 姉ちゃんもお礼しないと気がすまさそうだし」
アビゲイルの父違いの弟レオンのことを、なんだかんだグレイアムも気に入っているようだ。
アビゲイルとレオン、二人から言われついに彼の顔が歪む。
「……………………アビゲイルは俺の未来の妻だ。妻の面倒を見るのは夫として当たり前だろ?」
だがまだ諦めてないらしい。
とんでもない爆弾を投下されて、アビゲイルは一瞬にして顔を赤く染めた。
「つ、つつつ妻って! まだ結婚してないわよ!」
「だがする。遅いか早いかの違いだろ?」
「そ――」
それはそうかもしれないけれど。
と流されそうになったアビゲイルは、首をブンブンと振って思考を正常に戻そうとする。
彼のペースに乗せられてはダメだ。
「まだ結婚してないのだから、立場は対等であるべきよ。――いいえ、対等でいたいの」
「…………」
「あなたに貸しばっかりつくるのは嫌。私は、グレイアムの隣でまっすぐ前を向いて立っていたいの」
引け目や負い目を感じながらそばにいるのは嫌だ。
だから受け取って欲しいとカバンを押し付ければ、グレイアムは数秒悩んだのちにしぶしぶ受け取った。
「……受け取るのは今回だけだ。次からは自分の物にしてくれ」
「足りないくらいだけれど……?」
「ならこれも受け取らない」
「わかったわよ!」
まあこれだけでも少しは恩返しになったはずだ。
なにやら肩の荷が少しは降りたなと、アビゲイルは力を抜いた。
「……そんなに気にしていたなんて、思ってなかった」
「気にするわよ。グレイアムからはもらってばかりだもの!」
「アビゲイルのためと用意していたから、気にしなくていいんだが……。気持ちはわかったよ」
仕方なさそうにカバンを持つグレイアムに、アビゲイルは嬉しそうに笑った。
「また恩返しするから! お金以外で!」
「――笑ってくれれば、それでいい」




