信用できるかどうか
「……一体なにを言ってるんですか?」
「そこも合わせて少し、お話ししませんか? そちらの紳士も。ご安心ください。もうアビゲイルさんに結婚を求めたりはしませんよ」
オルフェウスの言葉にチラリと横を見れば、グレイアムは黙って目を閉じていた。
眉間に深い皺を寄せて。
「……なにが目的ですか?」
「お二人とも疑り深いようですね。きちんとお話しさせてください。さあ、どうぞ」
目の前のソファに座るよう諭され、アビゲイルとグレイアムは揃って腰を下ろした。
目の前にオルフェウスが座り、彼の後ろにシリルが立つ。
「単刀直入に言いましょう。わたしは、エレンディーレと和平を結びたい」
「――和平?」
「ええ。そうです」
にっこりと微笑んだオルフェウスは、優雅に足を組んだ。
「エレンディーレとフェンツェル。関係が非常に緊迫していることはご存知ですか?」
「……そのようですね」
「両国とも前王のせいで、と言っても差し障りがないでしょう。わたしは己の父を愚王だと思っています」
奇遇ですね、と口にしたいがさすがにやめておいた。
両国ともいろいろあるのだろう。
オルフェウスの言葉には、無言を貫いた。
「我が国もエレンディーレも、もっと警戒せねばならぬ国があるはずです」
「警戒……?」
「チャリオルト王国。こちらも二年ほど前に若き王が立ち、周辺各国に戦争を仕掛けています」
アビゲイルはしばし考え込む。
公爵家に来てから見た、この世界の地図を思い出すためだ。
チャリオルトといえば、フェンツェルの隣にある大国で、エレンディーレからも船を使えば向かうことができる。
その大きさはエレンディーレとフェンツェルを足しても、敵うかどうかギリギリのところだ。
「チャリオルトは現在ミュンエルと交戦中ですが、勝利は間違いないとか。そうなったら次に狙ってくるのは我が国か……」
「……エレンディーレ?」
「そう言われています」
アビゲイルが想像していたよりもずっと、戦争というものが身近にあったようだ。
経験したことはないけれど、その恐ろしさは知っている。
特にアビゲイルはこの間身をもって経験したのだ。
人が人を傷つける場面を。
あれがもっと大勢で、大々的になる。
そんな光景、見たくない。
「我々は手を組むべきです」
「……エレンディーレとフェンツェルが手を組めば、チャリオルトを倒せるできると?」
「倒すんじゃありません。止めるのです」
アビゲイルは瞼をぱちくりと動かした。
「止める……? あなたはなにをしたいの?」
「自国を戦火に沈めたい国王なんて、それこそ愚王だと思いませんか?」
思わず口調がいつものものになってしまったけれど、オルフェウスは気にした様子はない。
彼は真剣な眼差しで、アビゲイルを見つめた。
「戦争は、生まれたばかりの罪のない子どもですら命を落とします。――そんなこと、あっていいわけがないのです」
「……そうね。私もそう思うわ」
しなくていいのなら、しないほうがいい。
誰かの命を奪い奪われることを、正当化していいわけがないのだから。
「フェンツェルとエレンディーレ。ここが手を組めば、チャリオルトに牽制できます。この両国の関係が密になればなるほど、戦争が遠退くはずです」
「……遠退くだけ?」
「まさか。その間にチャリオルトと交渉するつもりです」
オルフェウスはなんとしても戦争を回避したいようだ。
それは側から見れば臆病な国王と思われるかもしれない。
けれど今のオルフェウスを見て、そんなことを思う人はいないだろう。
それほど彼の瞳は強い力を秘めている。
「なんとしても戦争を回避する。我が国の国民は、誰一人として無駄死にしていい存在ではないのです」
「…………」
アビゲイルはオルフェウスの言葉を噛み締めた。
誰一人無駄死にしていい存在ではない。
それは当たり前だ。
だがどうしてもアビゲイルには、そんなふうには思えなかった。
国民を愛していない。
愛してくれない存在を愛することはできない。
――けれど。
愛している存在ならいる。
公爵家の人々だ。
彼らに害が及ぶとなれば、アビゲイルだって黙ってはいられない。
「……それで? 私になにを望むの?」
こんな話をしてくるのだ。
あちらにもなにか陰謀があるのだろう。
アビゲイルからの問いに、オルフェウスは嬉しそうに微笑んだ。
「話が早くて助かります。わたしが望むのは、エレンディーレに対する信用です」
「信用? どういう意味?」
「簡単なことです。エレンディーレが裏切らないという信用が欲しい。――それをアビゲイル。あなたに任せたいのです」
「……エレンディーレのトップは兄であるヒューバートよ? 彼と話はしたの?」
そう聞けば、オルフェウスは軽く肩をすくめた。
「話したことはありますが、彼が信用に足かと問われれば答えは否です」
「――私なら信用できると?」
ヒューバートはまだ即位したばかりの王だ。
オルフェウスも即位したのは数年前だが、見ている限り優秀なのだろう。
そんな彼がヒューバートを信用できないと思うのは、仕方ないのかもしれない。
「ええ。あなたはハッキリとエレンディーレを変えると言いました。言葉は力です。あなたには力があると、わたしは確信しました」




