パーティーへ
パーティーの日はいつも外を眺めていたなと、過去を思い出す。
閉じ込められていたあの部屋で、窓の外から聞こえる音楽を口ずさむ。
こぼれ落ちる音楽を聞きながら、気分が上がれば一人ステップを踏んだ。
必要最低限の教育の中に、ダンスが入っていた。
残念ながら半分ほど教わったところで、教師が辞退してしまったが。
『やはり禁忌の子に近づくのは……』
なので完璧に踊れるかはわからないと言えば、グレイアムは気にしてないと笑う。
むしろ足を踏んでくれて構わないと言われたので、先に踏んでおいた。
そんなわけでパーティー会場へ向かったアビゲイルは、グレイアムのエスコートで馬車から降りる。
「――綺麗だ。アビゲイル」
「……ありがと。グレイアムのセンスがいいのよ。あとララとリリの腕がすごいの」
アビゲイルは今、グレイアムが用意したドレスを身に纏っていた。
デコルテの出た真っ赤なドレス。
下半身に行くほどレースでボリュームを出し、表面には輝く宝石が散りばめられている。
ウエストの部分はギュッと絞められ、背中の辺りで大きなリボンになっていた。
エレンディーレでは絶対に着られないドレスを纏い、アビゲイルはフェンツェルのパーティーへと参加することとなった。
「――ああ、アビゲイル! やはりあなたは私の女神だ。こんなに美しいなら、美の女神すら嫉妬するほどでしょう」
「出迎えは感謝するけれど、そういうのいらないから」
会場の入り口で待ち構えていたのは、主催者であるシリルであった。
彼は両手を広げ二人を歓迎しつつ、大きな声であたりに聞こえるよう告げる。
「我が友グレイアム。その恋人、アビゲイル。――ようこそ、フェンツェルへ。歓迎するよ」
「……感謝する」
簡単な話だ。
今エレンディーレとフェンツェルの関係は悪化している。
そんな中でエレンディーレの公爵であるグレイアムが、フェンツェルのパーティーに参加するというのは、知らぬものが見たら首を傾げるかもしれない。
いらぬ騒ぎを防ぐためにも、他の参加者に知らしめるのだ。
グレイアムとアビゲイルは、主催者がわざわざ出迎えるほど特別な存在なのだと。
「さあ! 中へ。アビゲイルの好きなケーキをたくさん用意しておいたよ」
「ありがとう」
思えばこうしてちゃんとパーティーに参加するのは初めてだった。
今は公的な場ではないので、エレンディーレの王族としてではなく、グレイアムの恋人としてここにいるが、それでよかったと思う。
今さら王族としての立ち居振る舞いなんてわからないし、なにより可能なら名乗りたくもない。
いっそ早くグレイアムと結婚できれば、彼の姓であるブラックローズを名乗れるというのに。
「――っ」
そこまで考えて己の思考に驚くとともに、恥ずかしさも感じてしまう。
アビゲイル・ブラックローズ。
その名前を口の中で呟けば、心がぽっと温かくなる。
「…………」
――早く、名乗れればいいのに。
グレイアムとの繋がりをもっと、深く感じられるものが欲しい。
「アビゲイル? どうかしたか?」
「な、なんでもない!」
ほんのりほおが赤い気がするけれど、たぶんバレてはいないはずだ。
グレイアムの腕に己の手を回し、二人で会場へと入っていく。
人々の視線が突き刺さる。
エレンディーレでなら、その視線が拒絶を意味していることは身をもってわかっていた。
しかしここ、フェンツェルでは違う。
隠され続けた赤い瞳は、会場の全ての人から羨望の眼差しを向けられた。
この世のどんな宝石よりも美しいその赤い瞳に、人々は静まり返り、やがてざわざわと声が大きくなっていく。
『なんて美しい……』
『あんなに美しい赤を、見たことがない……』
『我が国の王族ですら……あそこまでは……』
本当に、国が変われば価値観が変わる。
エレンディーレではあれほど負の象徴であったこの赤い瞳が、フェンツェルでは羨望の眼差しを受けるなんて……。
アビゲイルが視線を向ければ、そこにいる人たちがぽう……っと頬を赤らめる。
「……調子狂うわね」
「俺もだ。アビゲイルにその瞳を好きになって欲しいとは思うが、よその人間まで魅了するなんて。……まあ、アビゲイルは魅力的な女性だから、そうなってもおかしくはないのだが……」
なにやら複雑そうなグレイアムの腕にギュッと抱きつき、アビゲイルは彼の顔を見上げた。
「それを言うならグレイアムもよ。令嬢たちがあなたに熱い視線を送っているけれど、ご感想は?」
アビゲイルへの視線も強いけれど、グレイアムに向けられているものも強い。
高い背に、鍛えられた肉体。
鋭く射抜いてくる黒曜石のような瞳に、年頃の令嬢たちは頬を赤らめている。
しかしそんな視線を受けてもなお、グレイアムは気にした様子なく答えた。
「そうなのか? 物好きなやつらもいたもんだな」
「……それだけ?」
「俺はアビゲイル以外興味がない。そんなやつを見つめたって、つまらないだけだろう?」
確かにグレイアムの瞳は、アビゲイル以外に向けられたことはない。
熱い眼差しを向けていた令嬢たちも、一向にそちらを見ないグレイアムに気づき、肩を落としている。
なるほど確かに、これならつまらないと思われてもおかしくはないだろう。
「――なら私も。つまらない女だと思われそうね」
「……俺だけを見てくれるのか?」
「もう見てるわ」
ワイングラスを受け取った二人は、乾杯をして喉に流した。
もちろんお酒を飲んだことがないアビゲイルはジュースだけれど。
二人はお互いを見つめ合う。
この間に誰も入ることはないと、知らしめるように――。




