お仕事
「はい、違います。坊ちゃんは濃いめ熱めの紅茶。アビゲイル様は熱すぎない紅茶です」
「ぐぬぬ……っ!」
エイベルに間違えた罰として手を叩かれたレオンは、顔をくしゃりと歪めた。
痛みと悔しさが滲む顔を見ながら、アビゲイルはレオンが入れてくれた紅茶を飲んだ。
「ですので入れる順番を変えましょう。先にアビゲイル様のを入れ、その次に坊ちゃんのを。坊ちゃんの紅茶を準備している間に、アビゲイル様の紅茶は少しだけ冷めますから」
「――はい!」
確かにアビゲイルが好む紅茶より熱いため、一口含んですぐに離した。
なるほど。
紅茶一つとっても、飲む相手のために入れ方を変えるのかと驚く。
普段何気なく飲んでいるものからも愛情を感じられて、アビゲイルは心まで温かくなった。
「頑張っているな」
「意外と楽しいっすよ。それに姉ちゃんと兄ちゃんのためだし!」
「今はいいですが、呼び方は気をつけるように。アビゲイル様、グレイアム様と」
「はい!」
グレイアムとアビゲイルの関係を知って、レオンはグレイアムのことを兄と呼ぶことにしたらしい。
もちろん身内しかいない時のみの呼びかただが、グレイアムは快く受け入れた。
レオンにフットマンとしての仕事を与え、第二のエイベルを目指しているようだ。
「物覚え自体はイマイチですが、なによりやる気に満ちています。それに体力もありますから、きちんと教えれば大丈夫かと」
「エイベルに一任する。レオンのことは任せたぞ」
「かしこまりました」
エイベルもなんだかんだレオンのことを気に入ってるのか、あれこれと口うるさく指示をしている。
レオンのことだからブーブー文句を言うかと思ったけれど、案外素直に言うことを聞いているようだ。
不器用ながらも一生懸命なレオンに、元々彼に苦手意識を持っていたララやリリも、態度を緩和していった。
「違います。アビゲイル様は甘いものがお好きですので多めに」
「御当主様のほうは、軽食多めです」
「あー! そうだった……! 姉ちゃんは熱すぎず甘いもの多め。兄ちゃんは濃いめ熱め軽食多め……。おし!」
「一つずつ覚えるようにしましょう」
「おう!」
「はい、です」
「はい!」
双子も面倒見がいいから、下っ子のレオンと相性がいいようだ。
なんだかんだ楽しそうな三人を眺めつつ、アビゲイルはリリに声をかけた。
「体はどう? もう平気なの?」
「はい! 御当主様がお医者様をつけてくださいましたので」
「無理はできないですが、日常生活を送るくらいでしたら大丈夫だとお医者様がおっしゃっておりました」
「どうせ船の中で寝てることしかできないので、そこで完治を目指します!」
ぐっと力こぶを作ったリリに、そういえばそうだったなと思い出す。
フェンツェルにくる時に乗った船で、リリは船酔いを起こし寝込んでいた。
「医者から許可がおりたから、船の手配をした。一週間後にはエレンディーレに帰れることになった」
「わかったわ」
「荷物の準備などは我々が致しますので、アビゲイル様はどうぞ、フェンツェルを最後までお楽しみください」
「案内なら俺ができるから安心しろ!」
いろいろごたついてしまったが、フェンツェルを堪能したと思う。
なによりまだお土産を買っていないのだ。
せめめ公爵家の使用人たちになには買っていきたいなと、アビゲイルは束の間考える。
一応ヒューバートにも、なにか渡したほうがいいだろう。
飴と鞭の飴は大切にしないといけない。
離れている間に、正気に戻られては元も子もないからだ。
さて、どうしようかと考えていた時。
グレイアムが思い出したように懐から手紙を取り出した。
「そういえば、シリルから招待状が届いた」
「――招待状?」
なんの話だと彼から手紙を受け取り、中を確認する。
手紙の内容は、簡単に言えば侯爵家で開かれるパーティーへ参加してほしいというものだ。
実際はアビゲイルにどんなドレスを着てほしいだの、グレイアムにはこんなスーツを着てほしいだの、あれこれ事細かに書かれていたのだが。
しまいにはプレゼントするなどと書かれていたので、丁重に断るようグレイアムにお願いした。
「……シリルはグレイアムのことが大好きなのね」
「やめてくれ。――あれは懐に入れたら甘いだけだ。……その基準が恐ろしいほど理解できないだけで」
確かにアビゲイルには理解できそうにない。
彼が人を好きになるかどうかは、自分を楽しませてくれるかどうかなのだろう。
「……このパーティー、出ようと思うんだがどうだろうか?」
アビゲイルはパチリと瞬きをした。
わざわざ聞いてくる必要なんてないのに、やっぱり優しい人だ。
あのグレイアムが無意味にアビゲイルを、人前に出すわけがない。
つまり彼なりに考えがあるはずなのだ。
それなら、答えはひとつ。
「わかったわ。私はパーティーとか慣れてないから、期待はしないでね?」
「……理由を聞かないのか?」
「グレイアムのこと、信頼してるもの」
やっと適温になった紅茶を飲み、アビゲイルは楽しそうに笑う。
「グレイアムがそうしたほうがいいって言うなら、きっとそうだもの」
「――そうか。ドレスは俺が準備する」
「頼んだわよ」
そうと決まったらやることは多いと、アビゲイルはララとリリに連れられて、部屋へと戻っていった。




