味方
リリの容態は命に別条はないものの、すぐに動かしていい状態ではなかった。
そのため彼女の回復を待って、アビゲイルたちはエレンディーレに戻ることにした。
――レオンを連れて。
「姉ちゃん! 俺あれが食いてぇ!」
「はいはい。いくつ欲しいの?」
「三つ!」
指を三本立ててにっかりと笑うレオンに、アビゲイルもまた微笑みを返した。
アビゲイルのために復讐を手伝うと言ってくれたレオン。
全てを赤裸々に話したのに、アビゲイルと共にいてくれると言ってくれた弟。
――そんな存在を、愛さない人がいるだろうか……!?
そもそも弟という存在はこんなに可愛いものなのかと、アビゲイルはいい香りのする肉串を三本買いレオンに渡した。
「はい。ちゃんと噛んで食べるのよ?」
「一本は姉ちゃんの。ちゃんと食って元気になってもらわねぇと俺が困る。心配すんのってメンタルにくるんだぜ」
くっ、とアビゲイルは胸元を押さえた。
自らに襲いかかるわけのわからない感情に、先ほどから振り回されっぱなしだ。
「――うま! 姉ちゃん、これ美味いぞ!」
「そう。よかったわね」
今すぐにでもレオンの頭をこねくり回したいが、流石に外なので控えた。
もらった串の肉は硬くて食べるのに苦戦しつつも、味はとても美味しい。
顔の前に垂れる黒い薄布を避けつつ、なんとかアビゲイルが一つの肉を食べ切った時には、レオンは串の一本を食べ終えていた。
「エレンディーレかぁ……。俺は公爵家に世話になるんだろ?」
「ええ。あなたの存在を表に出すわけにはいかないから、一応使用人としてになるけれど……」
本当ならアビゲイルの弟として、盛大に迎えてあげたいけれど、それはさすがに無理だった。
先王が亡くなったとはいえ、王太后の不倫を表沙汰にするのはいいことではない。
下手をしたらヒューバートにまで、飛び火が向かってしまう可能性もある。
それは困ると、アビゲイルは首を振った。
ヒューバートにはなるべく長く、王座に座っておいてもらわないといけないのだから。
「ごめんね。本当なら、あなたは私の弟として迎えられるのに」
「謝るのは姉ちゃんじゃないだろ。それに俺、いまさらお貴族様みたいな生活とか無理だし」
使用人のほうが気が楽だと笑うレオンは、二本目の串も食べ切った。
「でも本当にいいの? 育った国を出ていくなんて……」
誘ったほうではあるが、レオンが簡単に即決したため少しだけ不安になってしまったのだ。
だがそんなアビゲイルの心配をよそに、レオンは大して気にしていなさそうに口を開いた。
「え? もちろん。俺別にこの国に大した愛着ねぇし。それよりもたった一人の姉ちゃんのそばにいるほうが、何倍も幸せだろ?」
「――っ、そうね。私もあなたがそばにいてくれるほうが、何倍も嬉しいわ」
「だろー? 俺が姉ちゃん手伝ってやるからなー!」
またしても心臓がギュッとした。
どうか病気でありませんようにと祈りつつ、アビゲイルは手にある肉串にかぶりつく。
そんなアビゲイルの隣で、レオンは指を折りながら考えるように首を傾げた。
「えーと? 俺の母親が王太后ってことは……種違いの兄貴が国王ってことか?」
「外でする話じゃないわ」
「へーい。……んで、妹もいるんだろ? どんなやつ? そいつにも復讐するのか?」
結局話を止める気はないらしい。
まあ、王族云々を口にしなければいいかと頷いた。
「妹も……そうね。対象ではあるわ」
「ふーん。兄貴は?」
「それはもう終わってるわ」
「なーんだ。痛めつけてやろうと思ったのに」
「私の復讐は幸せに堕とすことよ」
痛めつけたいわけではないのだ。
だがまだいまいちわかっていないらしいレオンは、ムッと唇を尖らせた。
「よくわかんないんだよなぁ。俺なら苦しめるだけ苦しめて捨ててやるのに」
「よく考えてみなさい」
肉串は美味しいけれど、アビゲイルには硬すぎた。
もういらないとレオンに差し出せば、彼は喜んでかぶりつく。
「苦しめるだけ苦しめて捨てたら、残るのは憎しみでしょう? けれど愛してるのに捨てられたら、深い悲しみと絶望が彼らを襲うわ。私はね、彼らには深く傷ついて欲しいのよ」
「……そういうもん?」
「お母様に捨てられるのと、私に捨てられるの、レオンはどっちが嫌?」
「姉ちゃんに決まってるだろ!? ……あ」
「わかった?」
ようやく理解できたらしい。
まあこの理論は、説明されただけではわかりにくいだろう。
だが自分が同じ立場になったらと考えると、簡単に答えは出てくるのだ。
「はー。不思議なこと考えるなって思ってたけど、確かにそっちのほうがダメージでけぇや」
「彼らはね、馬鹿にして目にも入れてなかった女に縋り付くようになるのよ。――見捨てないでくれって」
「そりゃ爽快だ。納得納得!」
うんうんと頷くレオンは、しかしすぐに別の食べ物へと目移りした。
アビゲイルがあげた肉串は早々に食べ終わったらしく、今度はいい香りのするパンに目を光らせる。
「姉ちゃん! 今度はあれ! 食おうぜ!」
「はいはい」
「肉が中に入ってるんだって! 最高じゃねぇか!」
今にもよだれを垂らしそうなレオンだったが、パンにかぶりつく前に、思い出したように口を開いた。
「姉ちゃんがどうしたいかわかった。俺は姉ちゃんの言うことに従うから、好きにしてくれていい」
「……お母様に会うことになっても?」
「それで姉ちゃんが楽しいなら、俺も楽しい」
もう無理だと、アビゲイルはパンにかぶりつくレオンの頭を撫でた。
美味しいご飯と大好きなアビゲイルに頭を撫でられていることで、レオンはすっかり気をよくする。
「へへっ。俺は姉ちゃんの味方だからな!」
「……ええ。私もあなたの味方よ」
今はたった一人の、愛する家族。
そんな存在を見つけられたのは、アビゲイルにとって幸福だったと言えるだろう。
まさか復讐のために駒として探していた人が、そんな存在になるなんて思ってもいなかった。
「さあ、もう帰りましょう」
「ええ!? あとちょっと……。ほら! あれも美味そうだし!」
「いい子だから。帰ったらご飯が待ってるわよ」
「ぅー。へーい」




