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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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人間とは

「……レオン」


「会いたい? 案じてる? ざっけんな! ただそいつらの勝手に振り回されて……俺はこんな思いし続けたってことだろ!?」


 レオンは胸元の服を強く握りしめる。

 まるで心が痛むと、伝えてくるように――。


「結局はそいつらの狂った過ちで、俺みたいなゴミが生まれたんだろ!? それを今更会いたい? ――ふざけんなっ!」


「レオン、落ち着いて――」


「落ち着けるわけないだろ!? しかもそいつは、アビゲイルを見捨てたんだろう? 他の奴らと同じように、ただ赤い目ってだけで愛してもいなかったんだろう? そんなやつ母親なんかじゃねぇ!」


 レオンは自身の出自を憂うとともに、アビゲイルの待遇に怒りを感じてくれているようだ。

 先ほどよりも大きな声で、怒りに涙を滲ませた。


「そばにいる自分の子どもも愛せない親が、遠くの子どもを愛する? ありえねぇだろ。少なくとも、俺はそんな親、認めねぇ」


 きっと、大変な思いをしてきたのだろう。

 アビゲイルとはまた違う、苦労をしてきたはずだ。

 その全ては本来しなくていいはずだったもので、レオンの憤りもごもっともである。

 彼の境遇は全て親のせい。

 それは変えようのない事実だ。


「……レオンは、お母様に会いたくない?」


「――当たり前だろ! 絶対に嫌だ。そんなやつ……顔も見たくねぇ」


 心からそう思っているのだろう。

 吐き捨てるように言われた言葉に、アビゲイルはそっと瞳を閉じた。

 もしかしたら時が経てば、考えが変わることもあるかもしれない。

 だが少なくとも今は、彼にとってその時ではないのだろう。


 ――けれど。


 それではダメなのだ。

 アビゲイルがレオンを探した理由は、復讐のためだ。


「……ねぇ、レオン」


「……なんだ?」


 巻き込んでいいのか?

 彼が嫌だと言ってることをして、本当にいいのか?

 アビゲイルの中の良心が動こうとするたびに、過去のことを思い出す。

 外は曇天。

 大きな音を立てて落ちる雷が怖くて、アビゲイルは母親の元へ向かったことがある。

 廊下で見つけた母の服を掴み、アビゲイルは泣いてすがったのだ。


『おかあさま。か、かみなりが、こわいんです……っ! きょ、きょうだけでいいので、いっしょにいてください……』


 大粒の涙をこぼしていたのは、当時五歳位のアビゲイルだ。

 小さな手で必死に母の服を掴んだけれど、カミラはいとも容易くはたき落とした。


『――気色悪い子。私に近寄らないで』


 その瞬間大きな音を立てて落ちた雷。

 光に照らされた母の瞳は、あまりにも冷たい。

 母に拒絶されたのは初めてではないのに、アビゲイルの記憶にはその瞬間が色濃く残っていた。

 雷への恐怖。

 母からの拒絶。

 そして冷たく射抜く瞳。

 その全てが、アビゲイルにとって楔であった。

 自分という存在が、禁忌であるという。


「――私は、私の母親が許せない」


 だから復讐するのだ。

 泣いて母を呼ぶ、あの小さなアビゲイルを救うために。

 その涙を拭って、もう大丈夫だと明るい場所に連れて行けるのは、他でもないアビゲイル自身でしかないのだから。

 もしかしたらこの選択は間違いなのかもしれない。

 けれど間違いでいい。

 今はとにかく、進まなくてはならないのだから。


「母だけじゃないわ。兄も、妹も。国民たちにも、復讐するつもりよ」


「――ふく、しゅう……?」


「ええ。彼らを幸せの奥底に堕として、私なしでは生きていけなくしてやるのよ。私に拒絶されることを怖がるくらい、ね」


 懐かしい。

 グレイアムと話していた時のことを思い出し、気分が高揚してくる。


「私は生まれたときから国中の人に忌み嫌われていた。母に愛された記憶がない。気味の悪い子どもだと、すがった手を振り払われたわ。一人部屋に閉じ込められて……」


「……アビゲイル」


「あなたを探し出したのは、その復讐のため。母があなたに会いたがっていたから、見つけ出して会わせようとしていたの。私のおかげで、あなたの愛しい息子に会えたのよって」


 演技をしよう。

 せいいっぱいの可哀想な女の子を。

 大丈夫。

 かわいそうな子どもの動きなら、この身に染み付いている。


「ごめんなさい。私は、そんなことを考える、ちっぽけな存在よ」


 瞳を涙で濡らそう。

 そんなこと簡単だ。

 過去のことを思い出せばいい。

 母に手を振り払われたあの時を思い出せば、涙は勝手に出てくる。


「あなたの姉だと、胸を張れる存在はどこにもいないわ。……本当に、ごめんなさ――」


「――そんなことないっ!」


 謝ろうとするアビゲイルの言葉を、レオンが遮った。

 彼はアビゲイルとの距離を縮めると、その肩を強く掴んだ。


「俺がアビゲイルなら、同じことを思う。顔も知らない俺だって、そいつらを痛い目に合わせてやりてぇって思う。それは……人として普通の感情だ!」


 レオンの手が震えている。

 彼の声も、震えていた。


「自分のことを傷つけた相手に、なんで優しくなんてしなくちゃいけないんだ!? 俺は苦しんだ。ならそいつらだって、苦しんで当たり前だろう!?」


 レオンは叫ぶ。

 自分の中にあるものを、すべて吐露するために。


「どんな理由だろうと、俺を見つけてくれたのはアビゲイルだ。救ってくれたのだってそうだ。――なら俺は、そんなアビゲイルのためになることをしたい」


「……いいの? とても褒められたものじゃないわよ……?」


「いい。知らねえ人間に褒められるくらいなら、俺はアビゲイルに……姉ちゃんに褒められてぇ」


 アビゲイルは大きく目を見開いた。

 姉と呼ばれることは今まであったけれど、こんなに心に響くことがあっただろうか?

 相手との関係性次第で、言葉が持つ力は何倍にも跳ね上がるのだと、このとき初めて知った。


「……ならレオン。手伝ってくれる? 私の復讐を」


 アビゲイルは手を伸ばし、レオンの頬に触れる。

 ガーゼが痛々しいそこを、レオンは強く押し付けてきた。


「当たり前だ。俺の命は姉ちゃんにやる。一緒に、復讐してやろう。俺たちを見捨てた奴らに」 

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