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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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誘い

「――なにを……」


 シリルのしようとしていることがわからない。

 懐から取り出したあの長い筒のようなものはなんだ?

 彼はその先端をエル――基、レオンへと向けている。


「おや? どうやら知らないようだね? 自国が生み出したものだというのに」


「……どういう意味?」


 先ほどからアビゲイルの頭の中は混乱していた。

 シリルがレオンを痛めつけていたこと。

 まさかのエルが、探していたレオンだったこと。

 さらには自国がなにかとんでもないことをしていたようで、思考は追いついていない。


「名をピストルという。この筒から鉛玉がかなりのスピードで発射され、頭に当てられれば人間は即死だ」


「――なっ!?」


「とんでもない武器を作ってるよね? エレンディーレは」


 そんな恐ろしい性能がある武器を、よりにもよってエレンディーレが作るなんて。

 先ほどシリルは懐からピストルを取り出した。

 そんなふうに隠して持てる武器が、一撃で人を殺せるなんて……。

 そんなの、世界の構図が崩れてもおかしくはない。


「グレイアムから聞いてないのか? そちらの貴族が密輸武器として我が国に流していたんだ。その情報をついこの間聞かれたから、てっきりレディ関係かと思ったんだが……」


「――!」


 ごちゃごちゃだったアビゲイルの頭の中で、パズルが一つ完成したような感覚だった。

 武器の密輸。

 それはつい最近聞いた話だった。


「そういうこと……!」


 アビゲイルの兄、ヒューバートの婚約者である侯爵令嬢を排除するため、侯爵家の悪事を暴いた。

 その際侯爵家が行っていたのが武器の密輸だ。

 関係が悪化している国に、武器の密輸をしていた。

 お家断絶には他にも様々な原因があったが、仮にこのような武器を敵になり得る国に送ったとしたら……。

 あれだけのことになってもおかしくはない。


「残念なことにこの武器はまだ試作段階でね……。一発撃つと本体が壊れてしまうんだ。じゅうぶんな量は確保できたから、今我が国で改良を施しているだが……なかなか難しくて」


「……もういらなくなったから侯爵を売ったってこと?」


 シリルにとっても武器を流してくれる侯爵は、貴重な存在だったはずだ。

 それなのにあっさりと売ったということは、侯爵は不要となったということだろう。

 はじめは別の存在が現れたのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「ええ。一発で壊れる武器なんて不良品だ。これ以上は不要と判断した」


「……なんて人!」


「そのおかげでレディもいい思いができたのでは? それにそれはグレイアムにお願いされたからでもある」


 シリルは懐かしむように瞳を細めた。


「グレイアムは面白い男でしょう? 彼は他の人とは考えかたも行動も全部違う。ただ話しているだけで、私の心をこんなにも昂らせてくれる。そんな存在はなかなかいない」


 確かにグレイアムは他の人とは違う。

 あの国で唯一、アビゲイルの赤い目を美しいと言ってのけた人だ。

 そんじょそこらの人と同じにしてもらっては困る。

 とはいえシリルの言いかたには、頷くことができないでいた。


「グレイアムと武器を天秤にかけた結果、彼が勝っただけのこと。それでレディもいい思いができたんだから、グレイアムには感謝をするべきだ」


「そんなの、あなたに言われるまでもないわ」


「どうだろうか? グレイアムの苦労に、レディは見合うだけのものを返していると言えるかい? 彼からの愛を怠惰に受けとるだけの、愚かな女ではないと……?」


 アビゲイルはカッと頭に血が上るのがわかった。

 よりにもよって、一番気にしていたことを言われたからだ。

 グレイアムからは与えられるばかりで、なに一つ返せていない。

 それを甘えと言われればその通りだと自分でも思っている。

 だからこそ、そこを突かれたのがたまらなく恥ずかしかった。

 返せるものなら返したい。

 けれどアビゲイルにできることなんて限られている。

 しょせんは禁忌の嫌われた王女。

 できることなんて――。


「やはりレディはつまらない存在だ。なぜグレイアムが執着しているのか、私にはさっぱりわからない」


「……あなたに言われる筋合いはないわ」


「あるんだよ。私としてはグレイアムがレディにつきっきりになるのは面白くない。いっそここでレディとレディの大切な弟、どちらも葬ってしまおうか……?」


 シリルの瞳がきらりと光る。

 指先を半月のようなところに引っ掛け、ほんの少しだけ力を込めた。

 またしてもカチリと嫌な音を立てて、狙いをレオンからアビゲイルへと変える。


「レディを殺したら、グレイアムはもっと面白いものを見せてくれるだろう――?」


「――アビゲイル様!」


「――まっ、」


 ――パァンッ!


 耳をつんざく音が響き渡り、アビゲイルは瞳を大きく見開いた。

 ドサリと大きな音を立てて、アビゲイルの後ろにいたはずのリリが倒れ込む。

 腹部から、血を流して。


「…………リリ?」


 彼女の体の下に、真っ赤な池ができあがる。

 アビゲイルはレオンを抱えたまま、呆然とリリへと手を伸ばした。

 温かな血が、膝を濡らす。


「ああ、流石に頭を狙うのは無理だったか。……これ、反動が大きすぎるのも難点の一つなんだ。銃口がブレるから、頭を狙うのも至難の業なんだよ」


 シリルがなにかを言っている。

 しかしアビゲイルの耳には届かず、ただ横たわり弱々しい息を繰り返すリリに触れる。

 流れ出る血は温かいのに、肌の表面はひどく冷たい。

 これは、まずいのではないだろうか?


「――あび、げいるっ」


「……エル。り、リリが……っ!」


「に、げろ。……おれ、たちは、おいてけ……っ」


 アビゲイルはレオンを見つめた後、そっとリリの方へと視線を向けた。

 リリは虚な瞳をアビゲイルに向けつつ、最後の力と言わんばかりに小さく頷いた。

 まるで、置いて逃げろと言っているようで――。


「…………そんなの……」


 できるわけがない。

 いや、本当はわかっているのだ。

 ここにいてアビゲイルができることなんてない。

 なら一秒でも早くここから離れて、助けを求めたほうがいいことは。

 でもそれでは、彼らを見捨てることにならないか?


 ――ドクンっ


 体の奥深く。

 自分でも知らないようなところが、大きく高鳴った。

 突然視界がフェードアウトするように、暗闇が支配していく。

 なにが起こっているのかわからない。

 わからないけれど、わかることが一つだけあった。


 ――このまま身を任せても、大丈夫だということだ。


 どうしてそう思うのかもわからないのに、これだけは確信が持てるのだ。

 だからアビゲイルは目を瞑った。


『それでよい。今は眠れ――』

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