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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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懐かしい

 ララへ簡単に説明をし、グレイアムに伝えるよう指示をしてホテルを出た。

 エルからの手紙にはどこにいる、などのメッセージは書かれていなかった。

 なので目星などは一切ない。

 ここは広い港町だ。

 観光客も多く、エル曰く裏の場所もあるという。

 そんな中、エルを探し出せるのだろうかという不安はある。

 けれど黙って待っていることなんてできなかった。

 アビゲイルはがむしゃらに足を進め、辺りを見回した。


「……エル、どこにいるのかしら?」


「あの男のことですから、うまく逃げているといいのですが……」


 ララの言葉に頷きつつも、焦る足は早まっていく。

 もはや走っていると言える速度で歩みを進めていた時だ、不意にアビゲイルは足を止めた。


「…………」


「…………アビゲイル様? どうなさいました?」


「……今、なにか――」


 初めはまるで耳鳴りのようだった。

 キーンっという小さな音が耳の奥で鳴ったと思ったら、それは徐々に大きくなっていく。

 まるでどこかに近づけば近づくだけ、反応して鳴っているかのように。

 違和感に気づきつつも、それを無視して歩いていた時、耳鳴りの奥から別の音が聞こえたのだ。


 ――それは男の声だった。


 低くも優しい、どこかグレイアムに似た声で呟くのだ。


『――向かえ』


 と。

 その声を聞いた時、アビゲイルは己の心が落ち着くのがわかった。

 昔から聞いていたような、懐かしさを感じる声に、しかしアビゲイルは眉を寄せる。

 一瞬、グレイアムに似ているからかとも思ったけれど、やはり違うなと自身の考えを否定した。

 そんな感じではないのだ。

 まるで生まれた時から知っているかのような。

 とにかく懐かしくて、落ち着く声。

 ほとんど話したことのない父とは違う。

 だというのになぜ……?


「アビゲイル様? どうなさいました?」


「…………こっち」


 またキーンっと耳鳴りがしたかと思うと、


『向かえ』


 と声が聞こえた。

 アビゲイルはその声が誘うまま、ふらりと足を進める。

 なんだか景色がおかしい。

 黒いレースの向こう。

 視界の端がぐらぐらと揺れているような、歪んでいるような、とにかくなにかが変だ。

 変だと思っているのに、足はアビゲイルの意思を無視して動いてしまう。

 まるでマリオネットだ。

 誰かに操られるように、ふらふらと足を進めてしまう。

 そのままアビゲイルは裏路地に入ると、キョロキョロと辺りを見回した。

 なんだか見覚えがあるな、とぼーっとしつつも考えていると、そこが過去、エルを見つけた裏路地であることに気がついた。


 ――その瞬間だ。


「――ぐぁっ!」


「――なに!?」


「アビゲイル様! お気をつけください!」


 明らかにおかしい、苦しげな声にアビゲイルはハッと息を呑んだ。

 ぐらりと揺れていた視界はクリアになり、アビゲイルは己の体につく手足が、自分のものであったのだと今更気がついた。

 なんども指を動かし、足にも力をこめることができる。

 先ほどの感覚はなんだったのか。

 束の間考えたが、またしても聞こえた悲鳴のような声に、アビゲイルは慌てて走り寄った。


「――!」


 そこは最初にエルを見つけた、あの十字路だった。

 以前のように靴は落ちてないが、その代わりに点々と赤黒いなにかが地面に落ちている。

 まるで、場所を教えているかのように。


「アビゲイル様! 私の後ろへ」


「いいえ、リリ。あなたはホテルに戻ってグレイアムにこのことを伝えて。警備でもなんでもいい。誰か男手を――」


 明らかにただ事ではない。

 これ以上はアビゲイルの手には負えないだろう。

 本当は迷惑をかけたくないが、ここより先に進めばグレイアムに心配をかけてしまう。

 だからこそ、リリに人を呼ぶよう声をかけたのだが、そんなアビゲイルの言葉を遮るものがあった。


「――やめてください。下手に人を呼ばれると厄介だ」


「――……」


 アビゲイルは大きく目を見開きながら、ゆっくりと顔を声のした方へ向けた。

 またしても聞き覚えのある声に、頭が混乱することを止められなかった。

 一体なにが起きているのだと思いつつも、体は警戒することを止められない。


 ――ずっと感じていた違和感。


 醸し出る雰囲気に、素直に距離を詰められないなにかを感じていた。

 その理由が今、わかった気がする。


「――あなたは、なんなの?」


「……なんなの、ねぇ?」


 にやりと口端が上がる。

 アビゲイルは声の主を警戒しながら見つめつつ、そっと視線を下げた。

 ぐったりと倒れ込むエルの姿に、思わず眉間の皺が寄る。


「誰なの、と聞かない辺り、やはりただの夢見がちなお姫様ってわけでもないようだ」


 男は目深に被っていた帽子を脱ぐ。

 真っ黒なスーツのためわからないが、ちらりと見えた袖口は赤黒く染まっていた。

 この時点で警戒しないわけがない。

 さらには彼の手は、ぐったりと倒れるエルの襟口を握っているのだから。


「こんにちは、レディ。下手なことをしないよう、釘を刺したはずだが……」


 そう言って微笑むシリルの頰には、真っ赤な血がついていた――。

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