わけあり
「……ひとまず、命に別状はなさそうね」
「はい。見た限りは打撲と切り傷のみという感じでしたので、大丈夫かと」
「口内を確認しましたが、喉を通っている血は見えませんでした。口内が切れたことによる血のみですので、内臓も一旦安心していいかと」
リリとララの言葉に頷き、アビゲイルは使っていた包帯を片付ける。
怪我を確認し、可能な限り手当てをした。
頰や手足の切り傷。
一番ひどかったのは腹にあった打撲跡だった。
切り傷もそうだが、明らかに誰かに殴られたような跡を見て、アビゲイルは思わず眉を寄せてしまう。
本当になにがあったのだろうかと、眠る男性の額から流れる汗を拭った。
「――ぅ、う……んっ」
「――! 目が覚めた!?」
呻き声とともに男性が体を動かす。
アビゲイルが顔を覗き込めば、ゆっくりとその紺色の瞳を露わにした。
「…………だ、れだ?」
「私はアビゲイル。あなた、道に倒れてたのよ?」
「…………道? ――っ!」
呆然と会話を繰り広げていた男は、突然思い出したように起き上がった。
しかし腹部にある打撲痕が痛んだのか、腹を押さえてベッドへと倒れ込む。
「ちょっ! 傷だらけなんだから無理しちゃダメよ」
「…………っ」
「ほらお水でも飲んで落ち着いて?」
男性の頭を支えつつ口元に水を持っていけば、渋々といった様子ながら喉を潤している。
物が飲み込めるなら、リリの言ったとおり臓器にダメージはない可能性が高い。
男性も水を飲んで落ち着いたのか、ベッドの上からアビゲイルへと視線を向けた。
「…………どうして俺を助けた?」
「倒れてたから。……正直悩みはしたけれど、放ってもおけないと思って」
「…………はっ。金持ちが道楽で人を助けたのか? 馬鹿なやつだな」
その言葉を聞いたララとリリの顔色が変わる。
鋭い視線を男性に向ける二人に優しく微笑みかけながら、アビゲイルはそばにあるりんごへと手を伸ばした。
「面倒ごとに巻き込まれるぞ? 偽善事業なんてやめちまえ」
「――りんご、食べる?」
「…………お前、人の話聞いて――」
男性が呆れながら口を開いたが、途中でぐるるるっとお腹が鳴った。
よほどお腹が空いていたのだろう。
アビゲイルは簡単に皮を剥くと、男性へと差し出した。
「食べれそうなら食べたほうがいいわ」
「…………ちっ!」
バッと奪い去るように皿を奪うと、皮の剥かれたりんごをものすごい勢いで食べ尽くす。
ケガの手当てをしている際に思ったけれど、彼はたぶんまともな暮らしをしていない。
普通の人よりも肉付きが悪く、まるで少し前までのアビゲイルを見ているかのようだった。
だからお腹が空いているだろうなと思ったのだが、やはり正解だったようだ。
「……ララ。なにか食べ物を持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
「――金持ちの施しなんて受けねぇよ!」
ララが頭を下げて部屋を出ていくのを、男性は睨みつけるように見つめた。
「惨めだと思ってんだろ? そこらへんの犬猫みてぇに餌でもやってる気分なんだろ!? ふざけんなっ!」
「…………」
確かに猫のようだなと、アビゲイルは毛を逆立てる男性を眺める。
最近公爵家に野良猫がやってくることがあり、手懐けようと試みているのだがこれがなかなか難しいのだ。
確かに似たようなものだなと思いつつ、他のフルーツも差し出した。
「食べれる時に食べておかないと、死ぬわよ。――少なくとも私はそうだった。……あなたは違うの?」
カビの生えたパンや傷んだ野菜。
冷めきったスープに、腐りかけの肉。
それでも食べねばこの体は生きていけない。
だから口にした。
生きるためには必要なことだから。
「…………」
アビゲイルに差し出されたフルーツを見て、男の瞳がぐらりと揺れる。
「……あんた、金持ちのお嬢じゃないのか?」
「さあ。それで? 食べるの? 食べないの?」
「…………あんたも訳ありか」
ぼそりとつぶやかれた言葉は空に消え、男性は手を伸ばしフルーツをとる。
先ほどまでの対抗心はどこへやら、おとなしくフルーツを食べる姿にほっと息をつく。
男性はフルーツでは足りなかったのか、ララが持ってきてくれたパンにもかぶりついた。
「…………あんたいいところの嬢ちゃんだろうに、なんでこんなボロ切れ拾った?」
「さっきも言ったけど、見過ごすには夢見が悪すぎたのよ」
「……ふーん」
パンを頬張りつつ温めたミルクでそれを流し込む。
まるでとにかく早く腹を満たしたいと言わんばかりの食べ方に、アビゲイルはため息をつく。
「誰も奪ったりしないから、ゆっくり食べなさい。……ここではそれができるから」
「…………ほんと、変な嬢ちゃんだな」
「さっきから嬢ちゃん嬢ちゃんいうけれど、たぶんそこまで年齢変わらないわよ?」
「……十二、三の子どもじゃないのか?」
「失礼ね。私はこれでも十九よ」
確かに小柄ではあるけれど、まさかそんなに小さいと思われていたなんて。
ムッとするアビゲイルに目を見開いた男性は、手に持っていたパンをぽとりとシーツの上に落とした。
「……年上? 嘘だろ?」




