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そんなわけで数日の暇を言い渡されたアビゲイルは、どうせならとフェンツェルの観光をすることにした。
グレイアムはシリルとあれこれやりとりをしているのか、こっちにきても忙しそうにしている。
つまり暇なのはアビゲイルだけなのである。
なのでどうせならと、グレイアムの許可を得てララとリリを連れ、外を出歩いていた。
相変わらず人が多いが、アビゲイルたちはうまく人混みを避けつつあれこれと見て回る。
グレイアムから欲しいものは買っていいとお金をもらってはいるが、見ているだけでも面白いので、あまり使う機会はなさそうだ。
ちらほらと見える赤い宝石、赤い絵、赤い花。
それらを見ているだけで他国に来ていることを実感できて、アビゲイルはなんだか体が軽くなっていくような感覚を覚えた。
他人にバレないようにるんるんと、双子とともに歩き回る。
「見て! これ可愛い」
「わ! 本当ですね!」
「こちら飴細工でできてるんで食べれるんですよ」
「飴!?」
小鳥のような見た目をした、琥珀色の飾りを眺めていると、店主からそんな声がかかった。
精密な作りをしているのに、これが飴細工だなんて……とアビゲイルは口をぽかんと開けて見つめる。
「……綺麗」
「ありがとうございます!」
にこにこと笑う店主に好感を持ち、一つくらいなら買ってグレイアムにお土産で渡そうかな、なんて考えた時だ。
アビゲイルの耳に小さな呻き声のようなものが聞こえた。
「……今、なにか聞こえなかった?」
「なにか、とは……?」
「申し訳ございません。人の話し声ばかりで……」
どうやら二人には聞こえていないようだ。
なら気のせいかなと、改めて飴細工を見つめるが、やはり呻き声のようなものが耳に届く。
「……ごめんなさい。用事を思い出したのでまた今度来ますね」
買う雰囲気を出していたからか、店主はとても残念そうだった。
申し訳ないなと思いつつも、アビゲイルはララとリリを連れて裏路地へと入る。
「いかがなさいましたか?」
「人の声が聞こえた気がしたの。……どこか苦しそうな」
こういう繁華街の裏路地にはあまり行かないほうがいいのだろうが、苦しそうな声が耳に残ってしまった。
深くまで入らなければ大丈夫だろうと、安易な考えで足を踏み入れたが、早まっただろうかと急つつ薄暗い中を歩く。
一つ奥の通路を歩くだけなのに、こんなに感じかたが変わるのかと驚いた。
あれだけ人が多い場所とは違い、ここにはひとっ子一人いない。
やはりこんなところに足を踏み込まなければよかったかと踵を返そうとした時だ。
奥のほうから呻き声が聞こえた。
「――やっぱり、今」
「アビゲイル様、危険です。戻ったほうが……」
「……でも」
ざりっと音を立てて砂を踏んだ時、十字の通路の真ん中に靴が一つぽつんと置かれているのが視界に入った。
それを見たアビゲイルは、走ってそちらへと向かう。
危険なのはわかるが、このまま無視もできないだろう。
慌てて向かった十字路の左手側。
そこに一人の男性が座り込んでいた。
「――ちょっと!? 大丈夫!?」
アビゲイルは慌てて男性に近づくと、その肩を軽く掴んだ。
カビ塗れの砂壁に背中を預け座りこむ男性の顔色はとても悪い。
深く黒く見える青色の短い髪や顔、服全体的にも砂が付いている。
着ている真っ白なシャツに赤黒いなにかがついており、アビゲイルはそれに気づいてさっと顔を青ざめた。
「……これ、血?」
「アビゲイル様。離れたほうが……」
「――ぅ、っ」
「生きてる!? ちょっと! 意識あるの!?」
男性は唸りはするけれど、言葉を発することはない。
アビゲイルはどうしようかと束の間悩んだが、放置するわけにもいかないだろうと立ち上がるり、男性に肩を貸す形で持ち上げた。
「アビゲイル様!?」
「な、なにをなさっているんですか……!?」
「このまま放置もよくないでしょ……! ぬぎぎっ……!」
ぱっと見だけれど男性はアビゲイルとそう年齢は変わらないように思えた。
そんな年齢の人が、こんな裏路地でボロボロになって倒れている。
本来なら関わらないほうが賢明なのだろうけれど、だからといって見て見ぬふりはできない。
細身だけれどさすがに男性を持ち上げるのはつらい。
一歩一歩必死になって歩みを進めていると、ふいに体が軽くなった。
「――! リリ、ララ!」
「ひとまずお運びいたします」
「あとは手当と……。お医者様はお呼びしますか?」
見かねたリリとララが男性を両側から持ち上げてくれたおかげで、アビゲイルは普通に歩くことができるようになった。
ありがたいとなんども礼を言いつつ、ララからの提案に首を振る。
「他国で目立つことはなるべくしたくない。……もう無駄かもだけれど……」
「一旦容態を見てから決めましょうか? 今見たかぎりだと怪我をしているくらいだと思うので……」
「骨が折れててもどうせ安静くらいしかできないので、切り傷や打撲を治療するくらいでいいのでは?」
てきぱきと今後のことを話すララとリリに驚きつつも、アビゲイルはもう一度男性を見る。
なにがあったのか、どうしてこんなところにいたのか。
起きた時に話が聞ければいいのだが……。
「ひとまずホテルの部屋でいいでしょうか?」
「ありがとう。二人とも、ごめんね」
「お気になさらず。我々はアビゲイル様のためにおりますので」
「アビゲイル様のなさりたいことをなさってください」




