ゆらゆらと
「……さて、いろいろ見て周りましたが、気になるところなどはありましたか?」
「……どこもかしこも栄えてる店って感じで、手掛かりになりそうなものはないわね」
アビゲイルたちは今、休憩がてら食事をしようと大きな食堂のようなところにきていた。
そこは地元の人たちもよく利用するのか、かなり広く人も多い。
天気がいいからとテラス席へとやってきたのだが、そちらもまた人でごった返していた。
シリルのおすすめでテーブルの上には様々な海鮮料理が並ぶ。
シーブードサラダに魚のフライ。
たくさんの貝が入ったスープに、揚げられた大きなエビ。
エレンディーレではあまり見ない料理に四苦八苦しつつも、アビゲイルは食事を楽しんでいた。
そんな中でされた質問に、アビゲイルは視線を下げた。
「たくさん案内してくださったのに……ごめんなさい」
「……ふむ。レディはどうも思い詰めるところがあるようだ」
昼間からワインをたしなむシリルは、グラスの中をぐるりと回しつつ優しく微笑む。
「私はただ、純粋に観光として気になったところを聞いたつもりだったんですが……。レディには余計なお世話だったようですね」
「――あ、」
確かにそうだ。
シリルは観光地を案内してくれていただけなのに、アビゲイルの脳は勝手に自分の目的である、レオン探しに変更してしまっていた。
「ごめんなさい、私――!」
「ああ、違いますよ。怒っているとかではありません。むしろ真剣なレディに対して失礼なことをしてしまいましたね」
シリルは考えるように視線を彷徨わせた後、少しだけ上半身を乗り出し小声で囁いた。
「例の子どもですが、我々のほうでも少し調べています。ですのでもう少しだけお時間いただければと」
「……調べる、ですか」
「――ええ、調べる、です」
なんだろうか?
シリルのこの感じは。
アビゲイルから見た彼は、優しく穏やかな紳士という印象しか持たない。
――はずなのに。
なぜか彼の言動に少しだけ機敏になってしまう。
グレイアムのシリルに対する話を聞いたからだろうか?
ふむ、と黒いヴェールの中で顔を歪めたアビゲイルに、足を組み直したグレイアムが優しく声をかけてきた。
「――シリルは胡散臭いがこちらに害をなすことはないはずだ。そうだろ?」
「……ああ! なるほど。レディが私を警戒していたのはそういうことか」
「え、あ、いや……っ」
「大丈夫ですよ。昔から感の鋭い方にはよく警戒されるんです」
悲しいけれど慣れてます、なんて肩をすくめるシリルに、アビゲイルはどういう反応を返したらいいのかわからず黙り込んだ。
そんなアビゲイルを見たグレイアムが、シリルへ鋭い視線を送る。
「自覚があるんなら直したらどうだ?」
「直そうと思って直せるものでもないんだよ。こればかりは……経験からくるものだからね」
経験?
とまたしても彼の言葉に引っ掛かりを覚えたが、シリルはただ穏やかに微笑むだけである。
「だから後数日は観光を楽しんでいただこうかと思っているんですけれど、どうでしょうか? レディのはやる気持ちもわかりますが、今しばしお待ちいただければ、と……」
正直シリルのことは信用していいのかわからない。
グレイアムの友人であり、この国での身元引受人である彼に、疑いの目を向けることはきっと失礼なことだ。
それはわかっている。
わかっていても、どうしても気になってしまうのだ。
「……」
アビゲイルはちらりとグレイアムへと視線を向けた。
彼はいつもと変わらぬ表情でアビゲイルを見ており、目が合うとこくりと頷く。
「――わかりました。お手数おかけして申し訳ございませんが、よろしくお願いします」
グレイアムが納得しているのなら、アビゲイルにそれ以上できることはない。
グレイアムを信じる。
それならアビゲイルにだって、できることだ。
「ありがとうございます。レディの信頼を得られるよう、全身全霊でやらせていただきます」
にっこりと微笑んだシリルは、改めて食事を進めてきた。
アビゲイルはそれをありがたく受け取り、食べたことのない料理を堪能しつつ考える。
どうしてここまでシリルのことを疑う自分がいるのか、と。
いくらグレイアムから裏の事情に詳しいと教えられているからって、ここまで警戒するものだろうかと己自身の心を探る。
なにが嫌なのか。
なにが不安なのか。
濃厚な貝の旨みを感じるスープを嚥下しつつ、アビゲイルは改めてシリルという存在を見つめた。
背が高く、細身で柔和な男性。
この間のパティスリーで、女性から人気が高いこともわかっている。
フェンツェル国侯爵という、身分もしっかりした人なのに……。
「隣町は肉がうまいんだ。血の滴るようなミディアムレアの牛肉は最高だ」
「お前は本当に肉が好きだな」
「もちろん! たまらないくらいね」
なんだろうか?
彼の耳につけた赤いピアスが、アビゲイルには鈍く光って見える。
ゆらゆらとゆらめくそれは、なにかを訴えようとしているかのようで、どことなく不気味だった……。




