愛の形
「…………」
シャワーを浴びたアビゲイルは、カチコチになりながらベッドの上に座っていた。
広々としたベッドは、大人二、三人が横になっても余裕があるだろう。
――そう、大人が二人、横になっても……。
「――!」
ぼんっと音が鳴りそうなほど顔を赤くしたアビゲイルは、力強く膝の上にある両手を握りしめた。
――ど、どうしたらいいの……っ!?
恋愛なんてしたことがないアビゲイルでも、さすがに全くの無知というわけではない。
大人の男女が一つのベッドで眠ることが、どういうことなのか理解はしているつもりだ。
――つ、つまり……そういうことで…………。
ごくり、と喉がなる。
どうしよう?
どうしたらいいんだろう?
なにをするかは知っているけれど、なにをしたらいいのかはわからないのだ。
考えれば考えるほど答えのない迷宮を走り回っているような感覚を覚えて、アビゲイルは目をぐるぐると回し始める。
どうしよう、どうしようと焦り続けていると、シャワーへと続く扉が音を立てて開かれた。
――ビクゥ!
アビゲイルは驚きのあまり飛び跳ねてしまった。
ドッと音を立てる心臓を抑えつつ、油の切れた機械のようにカクカクと動きつつ、顔をグレイアムの方へと向ける。
「――」
体が大きな人だとは思っていたけれど、まさかここまでとは。
バスローブから覗く引き締まった腹筋を目の当たりにしてしまい、アビゲイルはそこから目が離せないでいた。
「……どうした? 疲れたか?」
「ふぇ!? あ、いや……うっ」
体に疲労感はあれど、別にすぐに寝たいわけでもない。
いや、ここは疲れたといって早く寝るべきなのかと、しっかりと冴えてしまった目元をこする。
「ちょ、ちょっと……眠い……かも?」
「なら寝よう。明日からたくさん動くことになるからな」
ぎしり、と音を立ててグレイアムが隣へとやってきた。
ふわりと香るグレイアムの香水に、アビゲイルの頭はクラクラする。
優しくも心地よいウッディな香りが鼻腔をくすぐりながら、グレイアムの大きな手がアビゲイルの肩に触れた。
――だ、大丈夫。大丈夫……っ!
なにをしたらいいかはわからないけれど、とにかくなるようになれ――!
とグレイアムの手に導かれるまま、ベッドへと寝転んだ。
耳の奥に心臓があるのかと錯覚するほど、鼓動の音が大きくてうるさい。
わけもわからず緊張していて、手が小刻みに震えている。
たまらず瞳を閉じれば、まつ毛が少しだけ濡れているように感じた。
――大丈夫………………
――じゃないっ!
やっぱり無理だと起きあがろうとしたアビゲイルに、グレイアムはそっとシーツをかけてくれた。
そのまま横に寝転びつつ、まるで子どもにするようにお腹の辺りを優しく叩いてくれる。
「…………ん?」
なんか違う気がする。
とアビゲイルが横を向けば、彼は穏やかに微笑んでいた。
「寝れそうか? 見知らぬ土地で気が張ってるとは思うが……」
「…………だ、い、じょうぶ……だけど…………」
横に寝転ぶグレイアムを眺めて、アビゲイルは気がついた。
――グレイアムにそんな気はないのだ。
彼からはそういった、俗にいう甘い雰囲気みたいなものが一切ない。
まるで父親が子供を寝かしつけるかのような雰囲気に、アビゲイルは体から力を抜いた。
「…………」
なんだこれは。
一人で緊張して慌てて馬鹿みたいだ。
彼にはそんな気がなかったんだな、と思った時ふと胸の中に嫌なモヤつきが広がった。
――好きって言ったのに。
心の中でその言葉をつぶやいた時、アビゲイルは己の思考に驚いてしまった。
もしかして自分は、グレイアムにとってそういう対象ではないということに、怒りを覚えたのだろうか……?
「…………グレイアム」
「どうした?」
「グレイアムは私のことをどう想ってるの?」
「どう? アビゲイルを愛している」
照れることもなく紡がれた言葉は、いつになく軽いもののように感じとれた。
アビゲイルは束の間考える。
これは伝えてもいいのだろうか?
ただ単に、これは己のわがままのようなものなのに……。
「……それって、どういう意味で?」
「…………すまない。聞きたいことの意味がわからない」
甘えかもしれない。
いや、甘えだ。
グレイアムならきっと、この感情すらも受け入れてくれるのではという。
「グレイアムは私と結婚したいの?」
「もちろん」
「――それは、私を女として好きってこと?」
グレイアムから愛情を感じることは多い。
彼はいつだってアビゲイルを愛し、慈しんでくれる。
だがそれはどういう意味の愛なのだろうか?
親愛?
友愛?
それとも……。
「あなた、私を女だと思ってないの?」
ぱちり、とグレイアムの瞼が動く。
言われたことが意外だったのだろう。
グレイアムはのそのそと起き上がると、己の口元に手を当てた。
「…………すまない。一つ確認したいのだが、それは…………いや、いい。ちょっと待ってくれ」
珍しく慌てた様子のグレイアムは、数秒己の額を抑えた後すくっと立ち上がった。
「…………ソファで寝る」
「――へ? え、なんで……?」
急になんなんだ、とアビゲイルが訝しむと、彼は大きめな咳払いを一つこぼす。
「…………さすがにそんなことを言われても無心でいられるほど、俺は人間できてない」
グレイアムはそれだけいうと、もう一度シャワー室へと向かった。
すぐに水の音がし始めたので、なぜか二度目のシャワーを浴びていることがわかった。
「…………え。答えは……?」
結局グレイアムがベッドに戻ることはなく、その日は別々に寝たのだった。




