裏の話
話を聞いたシリルは、人探しを手伝うと言ってくれた。
土地勘のある彼に頼れるのならありがたいと感謝を言い、その日は一旦お別れとなった。
本当はまだ動こうと思ったのだが、ケーキを食べてお腹いっぱいになったアビゲイルは、急激に疲れと眠気を感じたのだ。
うとうとしているアビゲイルに気づいたグレイアムからの提案で、その日はお開きとなった。
「……ごめんなさい。せっかくお時間作ってくださったのに…………」
「いえいえ! 長旅のあとはお疲れでしょう。また明日、お迎えにあがりますので。ぜひフェンツェルを楽しんでください」
シリルの微笑みを見て、アビゲイルもホッと息をつく。
そんな彼と別れて、アビゲイルたちは宿泊するホテルへと向かう。
港町ということもあり、ホテルは多く存在しているらしい。
その中でも一番いいホテルの一番いい部屋をとってくれたらしく、アビゲイルは大きな屋敷のような建物へと入った。
すぐに案内された部屋へと入れば、その広さと美しさに口をあんぐりと広げた。
「……綺麗」
「いい部屋だな」
大きなバルコニー付きの窓からは、青々とした海と大空が見える。
部屋の中なのに潮風が頬を撫でるその感覚に、アビゲイルは目をキラキラと輝かせた。
扉から入って左手にはテーブルとソファが置かれており、部屋で食事をとることができるらしい。
右手側には少し階段上がった先に大きなベッドが置かれており、大人二、三人が両手を広げても足りそうだ。
奥の壁にも扉があり、そこからシャワー室へとつながっている。
ここだけで生活できそうだと驚いていると、ララとリリがてきぱきと荷物を解いていく。
エイベルもまた紅茶の準備を進め、あっという間にテーブルの上は見慣れた配置になった。
ただ置かれているケーキだけは、普段よりもフルーツが多く色合いが美しい。
フェンツェルではデザートにフルーツをふんだんに使うのが、今の流行りのようだ。
アビゲイルは先ほどあんなにケーキを食べたというのに、目の前に美味しそうなものが置かれると、不思議と小腹が空いてくる。
紅茶で喉を潤しつつも、アビゲイルはクッキーに手をのばした。
「ちゃんと動くのは明日からになるな。今日はこのまま休んで、明日からに備えよう」
「わかったわ」
さすがに少し疲労を感じる。
気遣いに感謝しつつ紅茶を飲んで、ほっと息をつく。
「……それにしてもどこにいるのかしら?」
「王太后の息子か」
「レオン、だっけ?」
名前はレオン。
エレンディーレ王太后の息子にして、フェンツェル貴族の息子。
本来ならたくさんの祝福のもと生まれるはずだった子どもは、両親を知らず、自らのファミリーネームすら知らない。
孤児院で育ち、奉公先をすぐに辞め、あとは転々とする日々。
「……無事だといいけれど」
「さすがに死んでることはないと思うが、そう簡単に見つけることもできないだろうな」
「…………」
女性の元にいたという、見たこともない弟を思う。
人肌恋しい、ではないけれど、誰かに愛されたいという気持ちはわかる。
子どもの頃与えられるはずだったものをもらうことができないというのは、大人になっても心に重くのしかかるのだ。
飢えはなくなるどころかひどくなる。
渇いて渇いて仕方がないのだ。
「グレイアムにも調べられないとなると……」
「裏に潜ってる可能性もある。そうなると他国では動きにくいな」
つまりエレンディーレでは、裏だろうが表だろうが、大体のことは動けるということだ。
本当にグレイアムという人は一体どんなことをしているのか。
謎だらけだなと思う。
「探し出せるかしら?」
「そのためのシリルだ」
「シリルさん?」
なぜそこでシリルの名前が出てくるのか。
きょとんとするアビゲイルに、グレイアムは足を組みながら答えた。
「シリルは……まあ、この国のことをいろいろ知ってるんだ。それこそ普通の貴族なら知り得ないようなこともな」
「……そうなの?」
話の流れ的に彼の言ういろいろとは裏のことだろう。
エレンディーレに裏があるように、フェンツェルにも裏の顔があるはずだ。
シリルはその裏をよく知る人物ということらしい。
「…………そうは見えないわね?」
アビゲイルはシリルのことを思い出す。
まだ出会って少ししか共にはいないけれど、とても優しく穏やかな人のように感じた。
そんな人が裏の情報に詳しいなんて、想像もできない。
「シリルはまあ……いろいろすごいやつだ。敵に回ると厄介だが、味方なら安心できる」
「……なるほど。内と外がハッキリしてる人、ってことかしら?」
「そうだな。外の人間がどうなろうとも関係ないってタイプだ」
エイベルなどの使用人にも気さくに話しかけていたから、純粋にいい人なのだと思っていた。
元より失礼をするつもりはないが、彼と一緒の時は気を引き締めないといけないようだ。
気をつけよう、と意気込むアビゲイルを見た後、グレイアムは立ち上がった。
「さて、話はこれくらいにして休もうか」
「ええ――」
こくりと頷いたアビゲイルは立ちあがろうとして、はたと動きを止めた。
そういえばこの部屋に、ベッドは一つしかない。
そしてここはアビゲイルとグレイアムの部屋ということで……。
「――どうした? 明日に備えて寝よう」
そう言って差し出されたグレイアムの手を、アビゲイルは硬直したまま見続けた――。




