演技
「…………いま、国王陛下は……なんて言った?」
静寂から波打つように喧騒へと変わっていく。
瞬く間に騒がしくなった会場内で、アビゲイル、グレイアム、そしてヒューバートだけが表情を変えない。
お互いに顔を見つめ合ったまま、不敵に笑うだけである。
誰も彼もが意味がわからないとざわつく中、その様子を見ていた王太后、アビゲイルの母である―カミラ―が声を荒げた。
「ヒューバート!? なにを言っているの!」
慌てて近づいてきたカミラは、アビゲイルを見るとキッと睨みつける。
「私の息子になにをしたの!? お前のその醜い赤目で呪いでもかけたのでしょう! そうでなければヒューバートが……お前を…………い、妹なんて呼ぶものですか! 穢らわしいっ!」
アビゲイルの瞳を見ないように言い放つカミラを、どこかぼんやりと眺める。
――この人は、こんなに小さかったかしら?
偉大な母の姿に恐怖を抱いていたのは、なんだったのだろうか?
ぎゃーぎゃーと騒ぐカミラを冷めた目で見つめていると、そんな二人の間にヒューバートが入り込む。
アビゲイルを庇うかのように。
「母上。落ち着いてください。アビゲイルになんて酷いことを言うんですか」
「ヒューバート……。お前、どうしてしまったというの……?」
まあ少し前まで、カミラと共にアビゲイルに罵声を浴びせていた人と同一人物とは思えないよなと、ヒューバートの背中を見つめる。
彼はアビゲイルを庇うように両手を開くと、声高らかに告げた。
「考えを改めたのです! アビゲイルはいつだって我々の幸せを願ってくれているのです! そんな彼女を蔑むなんて……恥ずかしくはないのですが!?」
「なにを言っているの! その子が生まれたせいで……我々がどれだけ苦しい思いをしたか――!」
禁忌を産んだ女として、カミラは非難を浴びた。
確かにそれはかわいそうなことだ。
申し訳ないとも思う。
けれどもどうしようもないのだ。
こればかりは、天を恨むより他にない。
「だとしても……いいえ! だからこそ! そんな不遇のアビゲイルが、我々の幸せを願ってくれているのです! こんなに……こんなに心優しい子がいるでしょうか!?」
まるでヒューバートは役者のようだった。
身振り手振りで話をしつつ、人々の視線を釘付けにする。
もしや彼は王なんかより、その見目の麗しさを生かし役者をしたほうがよかったのではないか。
そんなふうに思ってしまうほど、力の入った演説だった。
「アビゲイルは家族です! 家族が兄の祝いの席に出席することのなにが悪いというのですか!?」
「家族なんかじゃない! あの子がパーティーに参加するなんて、絶対に許さないわ! ――衛兵!」
カミラの声に、警護のものたちが駆けつける。
どうやらカミラのことを甘く見ていたようだ。
世間体を気にするあまり、大事にはしないと思っていたのだが……。
それほどまでにアビゲイルが憎いのかと、怒りに顔を赤くする母を見つめた。
アビゲイルを庇うように立ち上がったグレイアムが、耳打ちしてくる。
「ひとまず会場を去るか?」
「…………そうね」
さすがに捕まるのは避けなくては。
こればかりは仕方ないかと踵を返そうとしたら時だ。
「――下がれ衛兵!」
会場に怒号が響き渡った。
「僕が王だ! 僕が入れると決めた人を、捕まえようというのか!?」
「ヒューバート! いい加減に目を覚ましなさい!」
「目を覚ますのは母上だ! ――アビゲイルは、目が赤いだけのただの女の子じゃないか! それをよってたかって……恥ずかしくないのか!?」
「…………」
カミラの真っ赤だった顔がさぁっと青ざめる。
ヒューバートは剣を手にやってきた衛兵を睨み一つで下がらせると、カミラに向き合った。
「母上。いい加減迷信など忘れてください。アビゲイルをちゃんと見てください」
「…………ひゅーばーと…………」
呆然とするカミラは、力なくその場に崩れ落ちた。
空を見つめる虚な瞳は、ゆらゆらと揺れている。
アビゲイルはそんな母親を見下ろしつつ、ふと息を吐き出す。
さすがに追い出されると思った時は、少しだけ身構えてしまった。
だがまさかヒューバートのおかげで窮地を脱することになるとは思わなかった。
完全に堕とせたことを喜びつつも、アビゲイルの瞳はカミラを捉えている。
――次の獲物として
「自分もその迷信に従い続けたのに、都合のいい男だ」
グレイアムがぼそりとつぶやいた言葉には、さすがに苦笑いを返すしかなかった。
確かについこの間までカミラ側だったやつが、なに言ってんだと思われても仕方ないだろう。
「…………お母様」
「――ひっ!」
アビゲイルは一歩前に出る。
呼ばれたカミラは小さく悲鳴をあげて、がたがたと震えはじめた。
一歩、一歩と近づけば、カミラはずりずりと後ずさる。
しかしすぐにアビゲイルとの距離は縮まり、そっと膝を折り視線を合わせた。
「お母様」
「やめて! そんなふうに呼ばないで!」
「いいえ。あなたは私のお母様です」
「――やめてぇ!」
アビゲイルを産み落としたその時から、彼女の人生は壊れてしまったのだろう。
つらく、悲しかったのだろう。
後ろ指さされながら生きるのは、どれほどつらかったことか。
――けれど。
それはアビゲイルも同じだった。
生まれてきたことを呪ったのは、なにも王太后だけではない。
自分で自分を呪うつらさを、彼女は知らないだろう。
カミラは逃げられた。
けれどアビゲイルは逃げられなかった。
いついつまでもこの呪いは付きまとうのだ。
――だから、やめない。
攻める手を緩めるつもりはない。
彼女もまた、必ず堕とすのだ。
――幸せの甘い、あまぁい蜜の中へ。
「お母様。お話があります」




