次のターゲット
「……即位式か」
「ええ」
こくんと頷いたアビゲイルは、前に座るグレイアムの顔を見つめた。
昼間は執務があり屋敷を空けていたグレイアムに、ヒューバートの件を報告したのだ。
即位式に出て欲しいとプレゼントを持ってきたことを話した時、彼の眉間に皺がよった。
「即位式に出るのは構わない。というより提案しようと思っていたんだ」
「そうなの? グレイアムも即位式に出るべきだと思う?」
「式でなくてもいい。だが、ヒューバートが国王となり、その王がアビゲイルを王族と認める。タイミング的にこれほどふさわしいものもないだろう」
なるほどそういうものかと納得した。
確かにヒューバートがアビゲイルを王族として認めれば、ほかの貴族たちも口出しはできないだろう。
もちろん母はぎゃーぎゃーと騒ぐだろうが、ヒューバートがあれだけ強気に守ると宣言していたのだから、下手なことはできないはずだ。
「……お母様が許すと思う?」
「王太后とはいえ、国王の決定を無碍にはできないだろう。それに祝いの席だ。あの見栄っ張りが即位式を取りやめるとも思えんしな」
「確かに……」
そもそもヒューバートの即位式で問題が起こることすら嫌がりそうだ。
ならなおのこといいタイミングなのかもしれない。
ヒューバートが納得している限り、王太后が文句をいうこともないだろう。
「なら即位式に出ようかしら……」
「…………」
自分が出るように言ってきたのに、グレイアムはむっつりと口を尖らせる。
明らかに不満なのを顔に出したグレイアムは、しばしの沈黙ののちゆっくりと口を開いた。
「…………そのドレスを着ていくのか?」
「――え?」
「王太子から渡されたドレスを着ていくのか?」
そういえばヒューバートからもらったものは全て手放したと、グレイアムに伝えていなかった。
「……お兄様からの贈り物は全て使用人にあげたわ。ドレスはサイズがあるからあげられなくて、売り払ったの」
「…………そう、なのか?」
もしかして、とアビゲイルは考える。
グレイアムが怒ったみたいに見えたのは、ヒューバートからの贈り物を身につけると思ったからだろうか?
もしそうなら、考えることが一緒だなとくすくす笑う。
「即位式にはグレイアムが用意してくれたドレスで行くわ」
「――そうか。……どうせなら新しいのにしよう。お揃いなんていいかもしれないな。俺たちの関係性を第三者にわかりやすくできる」
「グレイアムに任せるわ。あなたが用意してくれるもの、全部私のお気に入りだから」
「――そ、そうか!」
ぱあっと表情が明るくなったグレイアムは、顎に手を当てながらいろいろ考えている。
色はどんなのがいいか、とか、装飾品はどれがいいか、とか。
楽しそうなグレイアムを見ていると、アビゲイルまで気持ちががわくわくとしてくる。
さまざまな提案に何度も頷いていると、浮かれている自分に気づいたのかグレイアムが軽く咳払いをした。
「――すまない」
「どうして謝るの? グレイアムが楽しそうで、私も嬉しいわ」
「…………そうか」
照れたように横を向き、口元を隠すグレイアムの耳が赤い。
自分よりも体が大きいグレイアムを、可愛いと思い始めたのはいつ頃からだろうか?
にこにこと微笑むアビゲイルと、照れくさそうにしているグレイアムの間に、温かな空気が流れた時だ。
部屋にエイベルがやってきた。
「――申し訳ございません……っ! なんとタイミングの悪い……!」
「いらん気を回さなくていい。それよりどうした?」
「こちらをぼっちゃんに」
くっ、と悔しがるエイベルは、一枚の手紙をグレイアムへと手渡した。
手紙を受け取ったグレイアムは、内容を把握したのち渋い顔をする。
どうやら手紙の内容があまりいいものではなかったらしい。
執務関係だろうかと、クッキーを食べながら眺めていると、グレイアムが顔を上げた。
「面倒なことになった」
「面倒なこと? それ、私が聞いても大丈夫なやつ?」
グレイアムにはグレイアムの事情があるだろうから、彼のことを深く詮索することはしていなかった。
だからどこでなにをしているのか、アビゲイルは少しも知らない。
もちろんそれでいいと思っての行動だったのだが、教えてくれるというのなら聞きたいと、居住いを正す。
「これはむしろアビゲイルに関係している」
「……私?」
なにかあっただろうかと考えるが、思いつくものはない。
自分に関係していること……とそこまで考えて、アビゲイルの頭の中に『復讐』の二文字が浮かぶ。
「――あ、」
「そうだ。王太子が堕ちたなら、次の標的に移そう」
グレイアムは手元にある手紙を、テーブルの上に見えるように置いてくれた。
詳しく読むことはできなかったけれど、どうやら探している人の目星がついたとの連絡だった。
その相手はとある隣国におり、接触不可能と。
そこまで読んでアビゲイルはパッと顔を上げた。
「――これ」
「そうだ。次のターゲットへの切り札のつもりだったのだが……。少し厄介なことになったな」
グレイアムの表情が曇ると共に、アビゲイルの表情もまた険しくなる。
なるほど確かに、少し面倒なことになりそうだ。
一枚の手紙を手にとり、アビゲイルはとある一文に意識を集中させた。
――王妃の隠し子はフェンツェルにいる。
そこは今、エレンディーレと関係が悪化している国だった。




