謝りなさい
「では、本日もお散歩と参りましょう!」
「――ええ!」
力強く両手を握ったアビゲイルは、勢いのまま頷いた。
公爵家での一幕。
双子の使用人であるララとリリに連れられて、アビゲイルはお屋敷の庭を散歩していた。
今までまともに外を歩いてこなかったアビゲイルの肌は雪のように白く、ゆえに陽の光に弱かった。
グレイアムが買ってくれた日傘を差しながら、毎日少しずつ散歩の時間を伸ばしている。
これもひとえに復讐のためだ。
今の弱い体のままでは完遂できそうにないため、体力作りを目指している。
食事も可能な限り食べるようにし、元より少ないとはいえ出されなものを完食できるようになった。
勉強もしている。
必要最低限の読み書きだけしか知らなかったアビゲイルは、時間があれば読書に勤しんだ。
そこで知った。
アビゲイルは本を読むのが好きらしい。
物語が一番好きだけれど、歴史物も好きだ。
人の心の動きを知れるのはとても興味深く、そのうちもっと詳しい専門書なんかも読んでみたいと思う。
とはいえまずは体力だと、アビゲイルにとっては広大な公爵家を三人で歩く。
「アビゲイル様、だいぶ体力がついたのでは?」
「そ、そうかしら……?」
「お屋敷に来たばかりの時は、数分歩くだけでぐったりされてましたよ?」
そういえば公爵家にきてもう二週間以上経ったのかと、アビゲイルは青空を見上げる。
国王の葬儀からも一週間近く経っており、そろそろいろいろな結果が出るはずだと、少しだけ心がざわついていた。
これからの復讐が上手くいくかどうかは、この一手にかかっていると言っても過言ではない。
だからどうか……と願っていると、屋敷のほうから数人の使用人を連れたダイアナがやってきた。
彼女はアビゲイルの存在に気がつくと、途端に虫でも見たような顔をする。
「――」
「ご、ごきげんよう」
淑女の挨拶は習った。
だから試しにやってみたのだが、それがとても不評だったらしく、ダイアナ付きの使用人たちが彼女の後ろでくすくすと笑う。
「…………」
だがダイアナはなにも言わない。
相変わらず冷たい目でアビゲイルを観察するように眺めている。
「…………」
沈黙がすぎる。
嫌われているのはなんとなくわかってはいたが、無言というのは初めてだった。
今まではだいたい罵倒やらを浴びせられていたから、この対応は反応に困る。
さてどうするべきかと悩んでいると、ダイアナがふと口を開いた。
「お兄様に迷惑だとは思わないの?」
「――え」
「お兄様はもっと高貴でうつくしい人と結婚すべきよ。例えばアリシア様とか」
「お二人は仲睦まじい恋人同士だったとか」
「アリシア様とグレイアム様が共にいらっしゃる姿は、本当に絵になりましたもの」
ダイアナ付きの使用人たちが同調するように頷く。
「それなのに突然こんなことになって……」
「アリシア様は毎日泣いてお過ごしだとか……」
「なんておかわいそうに。それもこれも――」
一斉に攻めるような視線を向けられて、アビゲイルの肩が大きく跳ねた。
じわりと握りしめた手に嫌な汗をかく。
それでも下を向かなかったのは偉いと、ちゃんと成長できている証だと、心の中で己を褒めて奮い立たせた。
こんなところで負けていては、信じてくれているグレイアムに申し訳ない。
「お兄様に呪いをかけたの?」
「……呪い? そんなものを信じているの……?」
そういえばヒューバートも言っていた。
アビゲイルが呪いをかけたのではないか、と。
だがそんなものはないと、わかっているはずなのに。
魔法を信じる子どものように、呪いを信じているのかと純粋な質問を返せば、なぜかダイアナの顔が赤く染まる。
「――赤目のあなたを妻に望むなんて、呪い以外のなんだというの!?」
そうよそうよと、ダイアナの後ろから援護が入る。
「公爵様がおかわいそうよ! 本当に愛する人と引き離されるなんて……」
「こんな人と婚約した、なんて噂が立っているのよ……?」
「お兄様から離れなさい。今すぐに――!」
ダイアナはグレイアムの腹違いの妹だという。
半分は血が繋がっているらしいが、アビゲイルはダイアナの様子に疑問を抱いていた。
ただの兄に対しての接し方と少し違う気がするのだ。
アビゲイルとヒューバートもだいぶ異色な兄妹だとは思うが、それとも違う異質さだ。
「公爵家からも今すぐ消えなさい」
「……ダイアナ様。それはご当主様がお決めになることです」
「下賎な者が私に話しかけないで!」
アビゲイルの瞳が大きく見開かれる。
今のはララに向けて放った言葉なのかと振り返れば、彼女は表情を殺し俯いていた。
「全く……。お兄様が連れてきたからって、こんな得体の知れないやつらが屋敷内を動き回ってるなんて……!」
確か屋敷の使用人たちは、ダイアナ付きを除きグレイアムが一掃したという。
新たに連れてきた人たちは、みなアビゲイルと似たような境遇だったと双子が言っていた。
つまりはあまり、いい境遇で育ってはいないというわけだ。
「……今の言葉、訂正してください」
素性の知れない人が周りをうろつくのは、確かに恐ろしいものがあるだろう。
だがダイアナの言いかたはそうではなかった。
ただ双子を馬鹿にしたいだけだ。
「――なんですって?」
ダイアナの瞳がギラリと光る。
威圧感を覚えるが、しかしアビゲイルは引かない。
双子はアビゲイルによくしてくれているし、なによりあのグレイアムが連れてきたのだ。
彼女たちを馬鹿にするということは、グレイアムの目を馬鹿にしているのと同じ。
――そんなの許せない。
アビゲイルはダイアナに向かって一歩、歩みを進めた。
「謝りなさい。――今、すぐに」




