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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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下ごしらえ

 教会内を出て、アビゲイルとヒューバートは人気のない森の中へと足を踏み入れる。

 広大な敷地内にある木々が生い茂るその場所は、人目を憚るものにとってはありがたい場所だろう。

 適当なところまで歩き周囲に人がいないことを確認してから、ヒューバートは腕を組んだ。


「それで? 僕になんのようなんだ?」


 偉そうに顎を上げて話すところは変わらないのだなと、少しだけ呆れてしまう。

 まあこれでこそ堕とす甲斐もあるかと、アビゲイルはにっこりと笑顔の仮面を被った。


「お兄様、男爵令嬢と結婚したいのでしょう?」


「――……なぜ知っている」


 隠さないのか、と心の中で嘲笑う。


「彼女を王妃にするには、侯爵令嬢が邪魔なのでしょう?」


 むっつり、と不機嫌を全面に出す顔をしているが、しかし否定もしない。

 どうやら男爵令嬢への熱は相当高いようだ。

 まあグレイアム曰く、それもそのうち冷めて別の女に入れ込むだろうとのことだったが。

 まあどちらでもいいかと、話を進める。


「ですがどれほど兄上が望もうとも、男爵令嬢との結婚は難しいでしょうね」


「そんなくだらないことを言うために、僕の貴重な時間を使ったのか?」


「お兄様、ずいぶん余裕がないんですね」


 ヒューバートのこめかみに筋が浮かぶ。

 馬鹿にしていたアビゲイルに馬鹿にされるというのは、相当我慢できないらしい。

 つかつかと近づてきたヒューバートの腕が、アビゲイルの胸元を掴み上げる。


「調子に乗るなよ。僕がお前の話を聞いてやってるんだ」


 アビゲイルは視線を下げて、己の胸元を眺める。

 力が入りすぎているからか、ヒューバートの手はぶるぶると震えていた。


「……そうですね。ありがとうございます、お兄様」


「――ふん! わかればいい!」


 雑に放された胸元を軽く正し、アビゲイルは改めてヒューバートを見つめる。

 今は少しでも彼の信頼を得なくてはならない。

 たとえそれがどれだけ煩わしくても。


「私なら、お兄様の願いを叶えてあげられます」


「…………なにをするつもりだ?」


 これはグレイアムから言われたことだ。

 ヒューバートに内容を伝えてはならない、と。

 なぜなら彼は無知であって無能ではない。

 侯爵家のことを伝えてしまえば、自ら動き解決してしまう可能性がある。

 逆に内容さえ教えなければ、彼は思いつきもしないのだ。

 侯爵家の裏を見つければいいということに。

 清廉潔白な貴族なんていないに等しい。

 だから探りさえすればボロはどこからともなく落ちてくるというのに。

 彼はそのことに気づきもしないのだ。


「……内緒、です」


 人差し指を立て唇に押し当てる。

 彼には無知でいてもらうほうがなにかと都合がいい。

 だがもちろん、これで納得するヒューバートではない。


「いいから言え。どうせグレイアムの差金だろう」


「……お兄様」


 その通りなので、確かに無能ではないのかもしれない。

 だがここで食い下がられるわけにはいかないと、アビゲイルはヒューバートとの距離を一歩詰める。


「お兄様は愛しの女性と結婚したくないのですか?」


「したい! したいに決まっている! 彼女は優しく穏やかで美しい……。今の婚約者とは正反対だ」


 吐き捨てるようにされた婚約者への愚痴は、グレイアムの推理が間違っていなかったことを裏付けてくれた。

 なるほど。

 ヒューバートと侯爵令嬢の仲は確かに良くないらしい。


「そんな男爵令嬢と結婚するためには、婚約者が邪魔ですよね……?」


「……まあ、そうなるな」


「侯爵令嬢さえいなくなれば、お兄様は愛しの女性と結婚できると思いませんか?」


「そう、なる、のか?」


「もちろんです! お兄様は国王になるのですから。愛する人を妻にしてなにが悪いのですか?」


「……そ、そうだな。その通りだ」


 国王になる。

 その言葉にヒューバートの口元がニヤつく。

 ニマニマとはしたなく動く唇を一瞥したヒューバートに、アビゲイルはもう一歩彼に近づいた。


「そうです。お兄様は愛する人と生涯を誓い合えるんです。そのために……侯爵令嬢には消えていただきましょう?」


「…………できるのか? そんなことが」


 ――かかった。


 彼の中では切実な悩みだったのだろう。

 愛してもいない、むしろ嫌っている女性と結婚しなくてはならないなんて。

 だからこそアビゲイルのこの提案に、彼は希望を見出したのだ。

 陰る顔に明かりを灯した彼は、一歩アビゲイルのほうへと近づく。


 ――そうよ。そのまま自分できなさい。


「お兄様はそれを、望まれますか?」


「…………僕は」


 あんなに望んでいたのに、どうしてここで悩むのだ。

 ただ頷けばいい。

 それで自分の望む未来を手に入れられるのに。

 アビゲイルは最後の一押しだと唇を割る。


「男爵令嬢、求婚されたらしいですね?」


「――なん、だと?」


 初耳だったらしい。

 グレイアムからもしものためにと言われていた切り札を、ここで出したのは正解だったようだ。

 一瞬で表情を変えたヒューバートに、アビゲイルはそっと手を伸ばす。


「相手は子爵らしく家族は乗り気みたいです。このままでは話が進んでしまいますよ?」


「……本当か、それは」


 ヒューバートの顔に触れる寸前で止めた指先は、最後の確認のためだ。

 彼が本当に堕ちたかどうかの。


「ええ、本当です。有名な話らしいですよ」


 青い瞳に嫉妬の炎が揺らぐ。

 先ほどまで悩んでいたのが嘘のように、ヒューバートはもう二歩足を進めてアビゲイルの肩を掴んだ。


「――!」


「……アビゲイル」


 これには流石のアビゲイルが驚いてしまう。

 指先を伸ばしていたのは、ヒューバートに触れられるかを確認するためだった。

 彼はアビゲイルに接触することを嫌っていたから、わかりやすい判断材料になると思ったのだ。

 だがまさか彼のほうから触れてくるなんて。

 予想外の収穫に、アビゲイルの口元は弧を描く。

 

「――アビゲイル。頼む、僕の願いを叶えてくれ」


「…………」


 その瞬間を、アビゲイルは生涯忘れることができないだろう。

 あの兄が。

 アビゲイルを馬鹿にし、兄と呼ぶことを許さず、傷つけたあのヒューバートが。

 頼むと、言っていたのだ……。


「――っ!」


 ぞわりと背筋が震える。

 二の腕に鳥肌が立つのがわかるほど、アビゲイルの体は身震いした。

 必死にアビゲイルの肩を掴み、頭を下げる姿のなんと可愛いことか。

 だがまだだ。

 まだ彼は落ちたわけではないと、アビゲイルはヒューバートの肩に触れる。


「もちろんです、お兄様。私はお兄様のため……。お兄様の幸せのためにいるのですから」


「……アビゲイルっ」


「絶対に成し遂げてみせます。だからお兄様、どうかご安心ください」


「そうか。そこまでお前が言うのなら、信じて待っててやろう」


「……ええ」


 ほら、まだだ。

 まだ彼は自分を上だと思っている。


「お任せください、お兄様」


 けれどこれでいい。

 堕とすのはゆっくりでいいのだ。

 わかった時には逃げられないように、気づかれぬように罠をはる。

 

 ――その準備はできた。

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