真実なのかどうか
アリシアの疑問はごもっともだ。
ゲームの内容と今起こっていることがあまりにも違いすぎる。
もちろんグレイアムとアリシアというイレギュラーがあったとはいえ、アビゲイルを死の神がどうこうするなんてありえないだろう。
ではなぜあんな物語が生まれ、彼らの元に届いたのか。
ただの憶測でしかないが、グレイアムがそっと口を開いた。
「……考えられることはある」
「話してちょうだい。私にはなにがなんだかさっぱりよ」
肩をすくめるアリシアに、アビゲイルもまた頷いた。
考えられることなんて一つもないこの頭が憎いと思いつつも、なにやら思いついたらしいグレイアムに期待の眼差しを向ける。
グレイアムはグレイアムで確信がないからだろう。
少々気まずそうな表情をした。
「ただの憶測だ。真実ではない可能性が高いものとして聞いてくれ」
「もちろんよ。そうかもしれないおとぎ話として聞くわ」
アリシアはテーブルに用意されていたお菓子に手を伸ばす。
確かに立ち話もなんだなとアビゲイルたちもソファに座れば、グレイアムはゆっくりと口を開いた。
「俺はグレイアムとどうやって入れ替わったかなんとなく知っている。本当のグレイアムが病により死の縁をさまよい、同じく交通事故で死んだ俺と入れ替わったんだ」
「――そうだったの。あなた交通事故起こしてたのね?」
「そうだ。……だがアリシアの方はどうだ?」
「……私?」
急に話の矛先を向けられて、アリシアは片手にクッキーを持ちながら己を指差す。
「私は…………自殺よ。歩道橋の上から飛び降りたの」
歩道橋がなんなのかアビゲイルにはわからなかったが、話を聞いたグレイアムの表情が悲しげに歪んだことから、そこが飛び降りるのによくないところなのはわかった。
「そして目が覚めたらここに、アリシアとしていたの」
アビゲイルはアリシアを見つめる。
まさか元の彼女が自ら命を断とうとしていたなんて思わなかった。
彼女になにがあったのか知らないが、きっとつらい体験をしてきたのだろう。
「私はそんな感じだけれど……それとなにか関係あるの?」
「……俺とお前、二人とも命を落としてここにきた。他人の体に入る形で」
アリシアはこくりと頷く。
二人ともなんらかの原因で命を落としたことにより、こちらの世界の人間と入れ替わった。
そこは二人とも同じだ。
「――じゃあアリシアはどうだ? お前じゃない、本当のアリシアだ。……俺は、アリシアが命の危険に晒されたなんて話、聞いたことがない」
グレイアムのその言葉を聞いて、アビゲイルもアリシアも目を見開きながら口を閉ざした。
言われてみれば確かにそうだ。
グレイアムが入れ替わる時、本物のグレイアムは病を患った。
そして命を落とし、今のグレイアムと変わったのだ。
だがアリシアはどうだ?
アリシアが命の危機に瀕しているなんて聞いたことがない。
それはつまり……。
「元のアリシアだけ、命の危機もなく入れ替わったってこと……?」
元のグレイアムはもう亡くなってしまっているため、彼が向こうに行くことはないだろうとはグレイアムの考えだ。
元より入れ替わったとしても、あちらの世界の彼の体は事故によりどうなっているかわからない。
「ちなみになんだが、アリシアと入れ替わったのはいつだ?」
「……三年ほど前よ」
「三年前にも、アリシアが重篤だなんて話は聞いていない。……ならイレギュラーが起こってもおかしくない」
「……そのイレギュラーって?」
グレイアムは言葉を選んでいるようで、慎重に話を進める。
「もしこの入れ替わりが本当のアリシアによるものだった場合……。彼女があちらに行き、この世界の真実をねじ曲げてでもゲームを作ったとしたら……?」
女神の生まれ変わりとして特殊な力を持つアリシアだ。
もしかしたらそんな、摩訶不思議なこともできるのかもしれない。
アビゲイルはそっと己の手を見る。
「――黒幕はアリシアってこと?」
「ただの可能性だけれどな。……アリシアは特別な存在だ。だからこそ……彼女が生きてあちらに行ったとするならば、こちらの世界のことを詳しく、かつアリシアに都合のいい物語を作り上げる意味はある」
アビゲイルたちも知らない力がアリシアにあったとすれば、彼女がなんらかの手段を用いてあちらの世界に行った可能性もある。
そしてアリシア自身がゲームを作ったとするならば、内容自体も頷けた。
「もちろんただの憶測だが……。癒しの神は自ら命を絶ったとあるが……それが嘘だった場合。――アリシアという存在は、本当に生まれ変わりなのか……とかな。ただの憶測だが」
グレイアムの言葉に、アビゲイルもアリシアも口を開くことができなかった。
黙ったまま、可能性を考え尽くしてしまう。
ありえないと笑えたらよかったのに、そうできないのが今の状況だ。
「――なるほどね。いろいろ可能性の話だけれど……腑に落ちたところもあるわ」
アリシアはそういうと立ち上がり、腕を上げ背中をグッと伸ばした。
「ま、もうなんだっていいわよね。今は私がアリシアなんだから。これからの人生、愛されて生きてみせるわ」
改めて決意を新たにしたらしいアリシアは、ふとアビゲイルへと真剣な顔を向ける。
「――礼を言っておくわ。ま、これからも姉として、せいぜい妹を可愛がってちょうだい」
それだけ言うと、アリシアは部屋を出て行ってしまう。
「素直じゃないな」
「……そうね。でも今のアリシアの方が、ずっと好きだわ」




