推しキャラ
王宮へと戻ったアビゲイルは、そこで母カミラと妹アリシアと再会した。
さらに王宮には、アビゲイルを迎えに公爵家から父違いの弟レオンもきており、懐かしの面々と顔を合わせることになった。
三人は三人とも全く違う表情をしており、レオンは安堵したような表情を、アリシアは呆れたような顔を、そしてカミラは眉間に強く皺を寄せている。
「…………ただいま戻りました」
戻りました、なんていう日が来るなんて。
アビゲイルにとって王宮はただの牢獄だったはずなのに。
特に考えることもなくポロリと溢れたその言葉に、反応したのはカミラだった。
彼女はツカツカと歩み寄ると、ペチンッと小さくアビゲイルの頬を叩いた。
「――な!?」
それに反応したのはレオンだ。
彼は大きく目を見開くと、今にもカミラに詰め寄りそうになった。
だがそれを、アビゲイルが視線で止める。
二人の関係を知られるわけにはいかない。
それにきっと、レオンが危惧しているような内容ではないはずだ。
だって殴られたアビゲイルよりも、殴ったカミラのほうがつらそうなのだから。
「……助けようとしてくださったのに、申し訳ございません」
「………………バカな子。本当に……バカな子」
「はい。――ありがとうございます、お母様」
カミラはなにも言わなかった。
ただただつらそうにアビゲイルを見つめた後、足早に部屋を後にする。
本当ならここでレオンに追わせてあげたいのだが、それもできない。
二人の関係は知られてはいけないのだから。
けれどやはり気になるのだろう。
レオンがカミラが消えた扉をじっと見つめていたため、アビゲイルは気を利かせて声をかけた。
「レオン。私の代わりにお母様を……王太后を追ってちょうだい。あなたが入れてくれるお茶、とても美味しいからきっと王太后も気にいるはずよ」
「…………わかりました」
少々複雑そうな顔をしつつも向かったレオン。
今すぐに和解は無理だとしても、いつか二人にとっていい未来がくるかもしれない。
そんなことを思いながらレオンの背中を見守るアビゲイルの肩を、ヒューバートが軽く掴んだ。
「大丈夫か? 母上は知らないやつに厳しいぞ? ……知らない奴じゃなくても厳しい人だからな」
「……そうね。けれどレオンはいい子だから、きっと大丈夫だと思うわ。お母様も彼が入れた紅茶を気に入ってくださるはずよ」
「そうか? ならいいが……。母上が癇癪を起こしても僕は知らないぞ?」
「平気よ」
それだけは絶対にない。
きっとレオンが入れてくれた紅茶を、涙ながらに口にするはずだ。
これはアビゲイルを心配して、逃げろと言ってくれたことへのささやかなお礼である。
どうか優しい時間が、二人を包んでくれますように。
「――さて、本来なら今日は王宮に留まるよう言いたいが……。公爵家に帰りたいだろう? 必要なことを終わらせたら送らせるから、少し待っていてくれ」
ヒューバートはそれだけいうと、部屋を後にした。
本当に変わったなと、その姿を見ながら思う。
あれだけ自分勝手で横柄だったヒューバートは、他人の気持ちに少しだけ寄り添えるようになった。
きっと彼はいい王となるだろう。
その姿を見守れるといいなとも思った。
「――アビゲイル」
ヒューバートもいなくなった部屋には、アビゲイルとグレイアム、そしてアリシアだけが残った。
名を呼ばれたアビゲイルは、アリシアをその瞳に写す。
「……アリシア。あなたにお礼を――」
「あなたが転生者じゃないんですってね。グレイアムから聞いたわ」
アビゲイルがパッとグレイアムを見れば、彼は静かに頷いた。
どうやらアビゲイルの知らないところで、話が進んでいたようだ。
バレてしまっているのなら取り繕う必要はないだろうと、真正面からアリシアと対峙した。
「……ええ。私じゃなくて、グレイアムが転生者よ」
「…………むかつく。結局踊らされてたのは私だったってことね」
はあ、と大きくため息をついたアリシアは、近くにあったソファに大きな音を立てて座った。
「まあいいわ。新聞の件で借りは返したでしょ?」
「――ええ。本当にありがとう」
アリシアの機転のおかげで、アビゲイルが離婚することに対するマイナスのイメージはないに等しい。
グレイアムと滞りなく結婚できるのも、彼女のおかげといえるだろう。
素直に礼を伝えれば、アリシアは軽く肩をすくめた。
「……ま、推しキャラにお礼を言われるっていうもの、いい経験かもしれないわね」
「普通ありえないことだからな」
「推しキャラと結婚もね。強欲すぎて地獄に落ちるんじゃないの?」
「本望だ」
「でしょうね」
なにやら軽快なやりとりに目をぱちくりさせたアビゲイル。
そんなアビゲイルに気づいたアリシアが咳払いを一つして、佇まいを正した。
「――一つ、気になってることがあるの」
「なんだ?」
「もしこれが本当に正しい物語なのだとしたら、私たちが知っているあのゲームの物語はなんなの? 歪め、曲げられたあの話は一体、誰がどうして広めたっていうの……?」
アリシアからの問いに、グレイアムはそっと瞳を細めた。




