出会えた奇跡
アビゲイルが乗った船がエレンディーレの船着場に着いた。
ヒューバートから差し出された手をとり下船すれば、そこにはたくさんのエレンディーレ国民たちがいて出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
「アビゲイル王女殿下、おめでとうございます!」
「無事のご帰国おめでとうございますー!」
拍手喝采。
キラキラと紙吹雪が舞い、人々が笑顔で手を振ってくれる。
その光景があまりにも信じられなくて、アビゲイルは何度も瞬きを繰り返した。
本当に人々の考え方が変わったのだ。
禁忌の赤目を持つ王女アビゲイルではなく、国のために自ら犠牲にした勇敢な女性。
彼らはそんなアビゲイルに、ありったけの感謝を込めて話しかけてくれるのだ。
こんな光景、チャリオルトに行く前まで想像とできなかった。
「……お兄様」
「どうした? こういう時は手を振ってやるものだ。それだけで彼らは喜ぶぞ」
そういうものなのかとアビゲイルは言われたまま手を振れば、歓声はもっと大きくなった。
なんだか変な気分だ。
家族がそばにいて、国民たちから笑顔を向けられている。
まるで夢のような光景に、アビゲイルはそこでやっと微笑むことができた。
そんな時だ。
「――アビゲイル」
声が、聞こえた。
「………………」
呼ばれたほうを向けば、そこにはグレイアムがいた。
ずっと会いたかった人。
離れるのがつらくて涙した人がそこにいる。
それが、とても……嬉しかった。
名前を呼んで欲しかった。
抱きしめて欲しかった。
ただそばにいて欲しかった。
チャリオルトに行ってからずっと、心に蓋をして思い出さないようにしていたグレイアムが、目の前にいる。
それが信じられないくらい嬉しくて、アビゲイルはそっと口端を上げた。
「………………グレイアム」
「――おかえり」
「……………………ただいま」
穏やかに見つめ合う。
まるで世界には二人しか存在していないみたいに、その瞳にはお互いしか映っていない。
アビゲイルは目を開け、自らの足で立っているグレイアムをじっと見つめる。
特に後遺症などはないようで、記憶に残るグレイアムの姿と変わりがない。
それが……とても嬉しかった。
そう思ったら胸がぎゅっと苦しくなる。
目元が熱くなって、視界がグラグラと揺れた。
頭が考えることをやめて、心の赴くままにアビゲイルの足は動き出す。
そしてそれは、グレイアムもだった。
どちらからともなく走り寄り、相手の体を強く抱きしめる。
「――グレイアム……! グレイアム!」
「――アビゲイル。無事でよかった……!」
懐かしい香りが胸いっぱいに広がる。
優しくも魅力的なその香りに、アビゲイルの瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「グレイアムこそ……! 怪我は大丈夫なのね? 痛くない……?」
「大丈夫だ。――お前のおかげだということも知っている」
「――どういうこと? どうして……?」
どうしてグレイアムが知っているのだ?
普通ならアリシアの力のおかげだと思うはずなのに。
「実は新生の神に出会ったんだ。そこで全てを教えてもらった」
「新生の、神に……?」
「アビゲイルのことをとても心配していた。だが彼女が干渉できるのは一度死んだことのある人間だけのようで、俺に話しかけてきたみたいだ」
確かにグレイアムはこちらの世界に来る時や、銃で撃たれた時など生死の境をさまよったことがある。
だがそれにしてもまさか、新生の神からグレイアムに干渉するなんて思わなかった。
「そんなことになっていたのね……?」
「俺としても驚いた。……まさか娘だったとはな」
「…………私もびっくりよ」
自身の出生の秘密を知ることになるとは思わなかったけれど、二柱には感謝しかない。
彼らのおかげでアビゲイルは生まれ、こうしてグレイアムと出会うことができたのだから。
「力のことも聞いた。――隠しておくべきだろうな」
「…………それが……」
アビゲイルはチャリオルトであったことを簡単にだが話した。
イスカリの身に起こったことと、その結末まで。
それを聞いたグレイアムは、顔をこわばらせた。
「――そうか。まあ致し方ないだろう。アビゲイルが信用して話したのなら、俺からいうことはない」
「……ええ。イスカリは言いふらしたりする人じゃないから大丈夫よ」
イスカリがあれこれ言いふらすなんてことはないだろう。
だから彼経由でバレることはないはずだ。
アビゲイルがそう伝えれば、グレイアムが頷く。
無条件にも信じてくれるところがグレイアムらしくて、アビゲイルは彼にぎゅっと抱きついた。
その時だ。
「感動の再会中悪いが、そろそろ行くぞ。これ以上人が集まると、警護の者たちにも負担になる」
ヒューバートから声をかけられハッとしたアビゲイルがあたりを見れば、抱き合う二人を国民たちが優しい眼差しで見つめていた。
彼らは時に拍手を送りつつ、二人の様子を見守っていたようだ。
やはり慣れないなと思いながらも、ヒューバートからの提案に乗ることにした。
「ひとまず王宮へ。……どうせその後は公爵家に帰るんだろう?」
「もちろんだ」
頷くグレイアムに不服そうな顔をしつつも、ヒューバートの案内で王宮へ向かう馬車に乗り込む。
その瞬間までずっと、二人は手を握り合っていた――。




