真実を伝える
「どうなっている?」
そうアビゲイルに問いただすのは、毒によって死にかけていたイスカリだ。
いや、実際には致死量ではなかったらしいが、それでも医師から絶対安静を言い渡されていたはずの男である。
「その力、前からあったものか?」
あの毒事件のあと、アビゲイルは部屋に軟禁されている。
王の命を脅かしたのに、牢屋に入れられたり即打首にならないで済んだことにはホッとした。
もちろんそれを指示したのはイスカリ本人だ。
彼はアビゲイルを捕えようとする兵士たちを止めて、言い放った。
『俺を殺そうとした人間が、俺を救うわけがないだろう。少しは頭を使え。――犯人のいいように動かされるな』
その一言でアビゲイルは命を救われたので、まあイスカリには感謝してもいいのかもしれない。
本来なら絶対安静のイスカリだが、彼は真っ先にアビゲイルの元へとやってきた。
真実を問いただすために。
「…………」
「答えるまで俺はここを離れないぞ」
これは流石に黙っていることもできなさそうだ。
短い付き合いではあるが、こうなったイスカリが手でも動かないのはなんとなく想像ができる。
急な展開だったとはいえ、彼もまた当事者だ。
もろもろ知る必要はあるのかもしれない。
「…………わかったわ。話すから凄まないで」
「はっ、別にそんなものお前は気にもしないだろう?」
「気にしてるわよ。話しづらいもの」
「…………」
考えるように片眉を上げたイスカリは、大きくため息のようなものをつくと、しばらくして元の表情に戻った。
「これでいいだろう。――話せ」
「……大前提として、私もこの力があることを知ったのはついこの間よ」
「発揮したのは?」
「……あなたが私の婚約者を撃った時よ」
「あの時……?」
その時のことを思い出しているのか、イスカリの視線が斜め下に向けられる。
「……あれは癒しの女神の力ではなかったのか?」
「そうみたいよ。……私も知らなかったわ」
「知ったのはいつだ?」
「…………地下で像を見た時」
あの時初めて知ったのだ。
アビゲイルの出生の秘密を。
「倒れた時か」
「…………信じられるかわからないけれど」
「また言うか。お前の力自体本来信じられないようなものなんだぞ」
「……そうだったわね」
そうだ。
イスカリはその信じられないことを信じているのだ。
だからこそアビゲイルはここにいる。
「……わかったわ。あの倒れた時、夢を見たの」
「夢……?」
「……終焉の神と出会ったの。前にもあったことよ」
「神と――? なるほど、それだけでも信じられない話だな」
本当にその通りだと思う。
普通なら信じられないであろう話を、イスカリは嬉々として聞くのだ。
そして本当に信じてしまうのだから、彼の柔軟さには考えさせられるものがある。
それをもっと他のところにも使ってほしいと思うが……。
「終焉の神と出会ったばかりの頃に思い出せと言われたの。けれどそれがなんのことかさっぱりわからなかったわ。……私はなにかを忘れていたの」
「――忘れていた、という過去形ということは思い出したんだな?」
鋭いなと思わず笑ってしまう。
全くもってその通りなので、アビゲイルはこくりと頷いた。
「あの像を見た時に全てを思い出したの」
己の心臓の上に手を当てる。
トクトクと鳴るそれは、アビゲイルが生きている証だ。
これがあるのも全て、あの二人のおかげ……。
「――私は、終焉の神と新生の神。二柱の娘として生まれてくるはずだった存在。新生の神が亡くなる瞬間、二柱の力によって人として生まれ変わったの」
イスカリの目が大きく見開かれる。
果たしてこれを聞いてもなお、彼は信じられるのだろうか?
ここまでくるとイスカリという存在を試してみたくなる。
「だからあなたに見せた力は終焉の神の力と、新生の神の力。二柱の力をあなたに使ったのよ」
「…………」
イスカリはまたしても考え込んでいる。
いや、飲み込んでいると言ったほうがいいのかもしれない。
摩訶不思議なことを理解し飲み込む時間が欲しいのだ。
だから彼から声をかけられるのを待つことにした。
時間にして一分ほどだったか。
イスカリが顔を上げた。
「神の娘か……。そんな特別な存在を妻にできた俺は、きっと神に愛されてるな」
「…………どうかしら? むしろ嫌われてるかもしれないわよ? 世の父親って、娘の夫を嫌うものでしょう?」
「――それもそうだな」
まさかの納得をしたらしい。
冗談が通じるのかと驚きつつも、納得したらしいイスカリに思わず聞いてしまう。
「……本当に信じるのね?」
「ああ。実際にこの目で見て、この体で感じている。奈落のような穴の恐怖も、優しくあたたかな光がこの体を作り替える瞬間も、全てだ」
「気持ち悪くはないの?」
「まさか。俺に同じ力があれば、世界征服している」
「――…………あははっ! 確かにあなたならやりそうね」
思わず笑ってしまった。
言われてみれば確かに、イスカリならこの力を使ってさっさと世界を手中に収めていたことだろう。
くすくすと笑ったアビゲイルは、落ち着いた頃合いでイスカリに微笑みかけた。
「私は世界征服には興味ないから安心してちょうだい」
「だろうな。そうなったら敵になるところだった。俺の妻は欲がなくてよかった」




