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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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禍々しい熱

 アビゲイルが倒れたことは極秘だったため、よそではよからぬ噂が流れてしまった。

 それはイスカリがアビゲイルに寵愛を与えたというものだ。

 アビゲイルのところに向かうことはあれど、夜をともにすることはなかった。

 だというのにイスカリはあの日、アビゲイルの寝所で一夜をともにしたのだ。

 確かにそれだけ聞けば寵愛を与えたと思うだろう。

 しかし事実は倒れたアビゲイルを看病していただけだ。

 だが残念ながら誰もこんなこと信じないだろう。

 あのイスカリが看病をしたなんて、あり得なさすぎて鼻で笑われて終わりそうだ。

 そんなわけでアビゲイルはいっそう注目の的となった。


 ――悪い意味でも。


「――調子乗るんじゃないわよ……っ!」


 ギリっと歯軋りの音が聞こえそうなほど睨みつけてきたのは、たまたま出会ったウェンディだった。

 彼女はただそれだけいうと、アビゲイルの肩にぶつかりながらどこかへと消えてしまう。

 その表情の憎々しい様子に、アビゲイルの背中が震えたくらいだ。


「…………こわいっ」


「アビゲイル様がご寵愛を受けていると、もう王宮中で話題になっていますから……。ほかの妃様がたから嫉妬を向けられるのが普通かと……」


「寵愛なんて受けてないのに……」


「……ある意味、寵愛を受けていらっしゃるのでは? あの陛下が看病をなさるなんて……」


 そうか。

 真実を言おうが言わなかろうが、結局は寵愛に繋がってしまうのかと諦めた。

 どうしてこんなふうになってしまうのかと肩を落とそうとした瞬間、とある人の顔が頭に浮かんだ。


「――メリア!」


「メリア妃様がどうかなさいましたか?」


「ランカ! メリアを呼んでくれる?」


「……はい?」


 ランカにメリアを呼んでもらい、慌てて弁解をした。

 自分が貧血で倒れたこと、そしてイスカリが信じられないだろうが看病してくれたことまで伝えたのだ。


「そうだったんですね。体調は大丈夫ですか……?」


「もう平気よ。ありがとう」


 まず初めにアビゲイルのことを心配してくれるなんて優しい子だなと感心していると、メリアは紅茶を飲みながらもぼそりと口にした。


「……アビゲイルが寵愛を得て、お子をなしてくれたら嬉しいと思っています。それは本心です。……けれど今回、その噂を聞いて少しだけ……悲しくなったんです」


 おかしいですよね、なんて笑うメリアに、アビゲイルはなんども首を振った。

 おかしくなんてない。

 むしろそれが普通なのだ。

 人を愛するということは、独占欲だって生まれてくる。

 ただ王族という手前、一人だけを愛し抜くことが難しいのも事実だ。

 我々には子孫を残すという、大切な使命があるのだから。


「……メリアはイスカリの妻として、生きていく覚悟があるのよね?」


「……はい。私はここで生きて、ここで死にます」


 きっぱりと言い切るその姿は強くて、凛々しかった。

 とてもではないが、アビゲイルにはその覚悟を持つことはできない。

 やはりイスカリが早くメリアのこの気持ちと彼女の中にある強さに気づいてくれたら……とそう願わずにはいられなかった。


「とはいえ、わざわざご説明ありがとうございました」


「いえ……こちらこそ。なんだかいろいろ落ち着けた気がするわ」


 はぁ、とため息をついたアビゲイルは前髪をくしゃりと握った。


「ウェンディがね……。すごいのよ……。もう本当に怖くて」


「あぁ……。それは…………お察しします」


 哀れみの目を向けられて、アビゲイルもたまらずため息をついてしまう。


「イスカリからの寵愛を得ていると思われて、ものすごい睨まれたわ。調子に乗るんじゃないわよ……とも言われて……」


「ウェンディ様はお父上の財力と、陛下からの寵愛でこの王宮を牛耳っていました。その片方がなくなるということは、彼女にとってどれほどの恐怖なのでしょうか……?」


 メリアは紅茶をそっとテーブルに置く。


「今ウェンディ様にとっての敵は、アビゲイルだけです。陛下が夜にアビゲイルの部屋にいた。その事実だけでじゅうぶんなんです。……あなたを敵視するのには」


「……まずいかしら?」


「とても。……ひとまずここの侍女たちは大丈夫でしょうから、よそからの人たちにお気をつけください。……ウェンディ様はなにをしてくるかわかりません。……特に、口にするものは気をつけたほうがいいと思います」


 それはつまり、毒ということか。

 そこまでするだろうかと考え、あのウェンディの顔を思い出した。

 憎しみを込めたあの瞳を見てしまえば、彼女の中の禍々しい熱を感じとってしまう。

 やるかやらないかで言えば、きっとウェンディはやる。

 邪魔者を消すためなら、どんな手段だってとるだろう。

 どうするべきかと考えるアビゲイルの後ろから、ランカが失礼ながら……と声をかけてきた。


「もしアビゲイルさまがお許しくださるのなら、食事をここで作れるように手配いたします」


「そんなことができるの?」


「陛下がお許しくださるのなら」


「……わかったわ。ランカ、外から入ってくるものは全て気をつけてちょうだい」


「かしこまりました。料理人を手配します」


 こくりと頷いたアビゲイルは、改めてメリアを見る。

 彼女はどこか不安そうに、アビゲイルを心配してくれる。


「何事もなければいいんですが……」


「こればかりは……わからないわね」


 平和に生きたいという願いは、どうやら叶わないようだ。

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