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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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イスカリの優しさ

 ぱちり。

 目が覚めたアビゲイルが見たのは、自室の天井だった。

 このチャリオルトにきてから毎日見ている景色を、ぼーっと眺めてしまう。

 どうもうまく頭が働かないが、たしか自分はイスカリとともに地下の祠へと向かい、二柱の像を眺めていたはずだ。

 なのにどうして部屋に……と頭を動かしてすぐに気がついた。


「――…………」


 驚きすぎて声が出なかった。

 ベッドの脇にイスカリがいたのだ。

 彼は椅子に腰をおろしたまま寝ていて、時折首がこくりこくりと船を漕いでいる。

 どうしてここにいるのだと考えて、すぐに答えが出た。


「…………はぁ」


 思わずため息が出てしまう。

 つまり気を失ったアビゲイルを運んで、なおかつそばにいてくれたのはイスカリということになる。

 なんだそれはと、思わず息をついてしまってもおかしくはないだろう。

 気を失ったアビゲイルなど放っておいてくれたらよかったのに。

 そうしたら……もっと恨むこともできたのに。


「……本当に、変な人ね」


 そっとベッドから起き上がり、船を漕ぐイスカリを見つめる。

 もっと暴虐不尽のかぎりを尽くしてほしい。

 そうすればアビゲイルはずっと、彼のことを嫌っていられるのに……。


「――目が覚めたか?」


「――! …………あなたこそ」


「俺はずっと起きていた」


「船を漕いでたわ」


「…………見間違えだろ」


 子どもか。

 そう言いそうになる口を慌てて閉じた。

 今この状態で喧嘩なんてするのは体力の無駄だ。

 燃えるような瞳をこちらに向けてくるイスカリに、アビゲイルもまたその赤い瞳を向けた。


「なにがあった?」


「………………」


 どう答えるべきか悩む。

 イスカリはアビゲイルの力のことを知っているが、だからと言って全てを知っているわけではない。

 この世界でアビゲイルに起こったこと全てを知るのは、グレイアムだけ。

 オルフェウスにも全容を話したわけではない。

 イスカリに全て話すというのは、さすがにリスキーだろう。

 だからアビゲイルの答えはこうだ。


「覚えてないわ。……声が聞こえたと思ったら、急に眩暈がしたのよ。それで気づいたらここにいたの」


「…………なるほど。話すつもりはないか」


 どうやら全てを話したわけでないことはイスカリに筒抜けらしい。

 だが彼は特に気にした様子もなく、アビゲイルに水を差し出した。


「丸一日寝ていた。喉が渇いてるだろう」


「…………そうね。いただくわ」


 そんなに寝ていたのかと驚いつつも、言われてみれば確かに喉に違和感を覚えた。

 差し出された水を飲めば、一瞬で飲みきってしまう。

 空になったグラスをアビゲイルから奪うと、イスカリはもう一度水を流し入れる。


「お前がただの女でないことは知っている。力の内容から終焉の神と近いということもな。妹の……なんだったか。あの女も癒しの神の力を持っていただろう」


「アリシアね?」


「覚える気もない。……異例のことを受け入れられなければ、王など務まらないからな」


 ありえないこともありえるかもしれないと考えられる柔軟さは素晴らしいことだ。

 とはいえだからといって、アビゲイルがイスカリに真実を全て伝えることはない。

 アビゲイルが終焉の神と新生の神の娘だったなんて……。

 自分自身ですらまだ驚いているというのに。


「素晴らしい考えだと思うわ。とはいえ、本当に覚えていないのよ」


「…………まあ、言わないつもりならいい。あの像を見てお前は倒れた。それが事実である以上、因果関係はほぼ間違いなくあるんだろう」


 さすがに鋭い。

 これ以上なにかを言って、イスカリにヒントを与えるのもよくないと理解したアビゲイルは、ベッドに寝転ぶと頭から布団を被った。


「もう一度寝るわ。なんだかとても眠いのよ」


「……いいだろう。起きたことは医師に伝えておく」


 イスカリはそれだけいうと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

 それを足音だけで感じていると、扉の辺りで止まった。


「――おやすみ、アビゲイル」


「…………」


 イスカリはそれだけいうと部屋を出て行く。

 しばしの沈黙。

 イスカリの足音が遠のいたことを確認してから、アビゲイルは布団から顔を出した。


「…………調子が狂うわ」


 あんなふうに相手にされると、どうしていいか分からず困惑してしまう。

 もちろんイスカリとこれ以上馴れ合う気はないが、下手に絆されるなんてことだけはしたくない。


「――ああ、もう! 考えるのやめよう」

 

 すぐに首を振ってイスカリを頭の中から追い出すと、アビゲイルは夢のことを思い出す。

 終焉の神と話した内容を、もう一度考えた。


「……私が、二柱の娘…………」


 そっと己の手を見る。

 指先に力を込めれば、小さな穴のようなものが現れた。

 これは終焉の神の力。

 死の世界へと繋ぐ、鍵のようなものだ。


「……簡単に使えるようになっちゃった」

 

 じゃあともう片方を見る。

 同じように指先に力を込めれば、優しい光が現れる。

 これが新生の神の力。

 致命傷の傷ですら、細胞を新たに作りなかったことにする、癒しの力をも超える力。


「……確かに。これバレたらとんでもないことになりそうね」


 大きすぎる力は争いを生む。

 これ以上混沌とした世界にしないためにも、この力のことは黙っていたほうがいいだろう。

 アビゲイルは両手の力を抜くと、目を閉じて眠りにつこうとする。


「やっぱりバレないように部屋で大人しくしてたほうがよさそうね」


 改めて引きこもりを誓ったアビゲイルだったが、その後とある事件が起こり事態は一変する――。

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