愛して憎んで
メリアからの招待には応じたが、ランカからひとつ提案を受けた。
「可能ならこちらにご招待したほうがよろしいかと。メリア第三妃様の暮らしが変わったとはいえ、侍女の数はここよりも少ないです。それにあの扱いですから……厨房からもまともに食事をもらえているかもわかりません」
イスカリからの命があったとはいえ、見えないところで使用人たちがなにをしているかはわからない。
最低限の生活を保証はしているだろうが、それ以上のことまで手伝ってくれるとは限らないのだろう。
つまり今アビゲイルがメリアの元へ行くというのは、彼女に負担をかけてしまうかもしれないのだ。
「……こちらでやれば、メリアは安心かしら?」
「アビゲイル様がお望みでないので今まで通りですが、本来ならここは第一妃ウェンディ様のところにも負けぬほど、豪華な暮らしが望めるのです。……それが陛下の寵愛を得ているということですから」
「…………ふぅん」
確かにイスカリがくるようになってから、彼がここで食事をとることも増えた。
王とともに食事をするということは、アビゲイルの食事の質も上がる。
美味しい料理に満足していたが、まさかそんなに差があるとは思わなかった。
「じゃあランカ、お茶会の準備をお願いしてもいいかしら?」
「もちろんでございます!」
というわけでアビゲイルからお茶会をこちらでやるのはどうだろうかと手紙を送れば、メリアからは感謝の言葉とともに参加の意思が示された。
とはいえアビゲイルとメリアだけの簡単な場だ。
そう盛大にする必要もないと、お茶とお菓子だけ準備をして迎え入れた。
「いらっしゃい。――どうぞ」
「…………ありがとうございます」
初めて会った時よりもずっと健康そうなメリアは、以前と同じドレスを身に纏っている。
後ろ盾がないメリアでは、新しいドレスを用意するのも一苦労なのだろう。
もちろん妃としてチャリオルトが出している金銭もあるが、きちんとメリアのために使われているかは謎である。
「座ってちょうだい。――いろいろ、お話ししたいことがあるから……」
「……はい。私も、お聞きしたいことがたくさんあります」
似たような環境に置かれている二人だ。
話したいこともたくさんあるだろう。
アビゲイルはランカにお茶を用意させると、他の使用人たちはみな下がらせた。
部屋にはアビゲイルとメリア、ランカだけになる。
「…………その……大丈夫? ごめんなさい、うまい言葉が見つからなくて……」
気の利いた言葉の一つもかけられないなんて情けないと恥じていると、そんなアビゲイルにメリアは静かに首を振った。
「こちらこそすいません。……お気遣いいただきありがとうございます。今は大丈夫です」
「そう……。ならよかったわ」
心の傷は時間が経つことで癒えていくこともある。
メリアにとって必要なのは時間だったのだろう。
彼女は紅茶を喉に流した後、そっとカップをテーブルに置いた。
「……アビゲイル様は、大丈夫ですか?」
「アビゲイルでいいわ。立場は同じなのだから」
「……わかりました。アビゲイル」
元王女であり、今はイスカリの妃だ。
立場は同じなのだから敬語など必要ない。
「アビゲイルの話を聞きました。……愛した人がいたのでしょう? それなのに国のために……」
「…………そうね。つらくないと言ったら嘘になるわ」
けれどつらいと泣いてばかりもいられない。
どれほど嘆こうとも、時間は過ぎ去ってしまうのだから。
「けれど大丈夫よ。……心の傷は、時間をかけて治していくから」
「…………時間」
メリアはぼう……っと紅茶の波紋を眺めると、ゆっくりと口を開いた。
「想いは全て、時間が解決してくれるのでしょうか……?」
「……どうしたの?」
なにやら含みのある言いかただ。
そこが気になり聞いてみれば、メリアはしばらく沈黙したのちにおずおずと話し始める。
「……おかしいのは、わかっているんです…………。けれど、気持ちの整理がつかなくて……彼は私の家族を……殺したというのに……」
「――……え? なに? どういうこと?」
アビゲイルが疑問を返せば、メリアは瞳に涙を浮かべる。
「昔……ミュンヘンにイスカリ陛下がお越しになったことがあるんです。……まだ彼が王子だったころの話です」
「そうだったの……」
結婚するよりも前に二人は出会っていたらしい。
だがメリアの様子的に、それだけではないようだが……?
「私にはない自身に満ちた立ち居振る舞いに、憧れを抱きました。……そしてそれはやがて…………」
「――まさか……。すき、なの? イスカリのことを……?」
そんなはずはないと思いながらも聞いた質問に、メリアは黙り込んでしまう。
その空気や表情から、無言は肯定だと気づいてしまった。
「……そ、そうなの…………。そう……」
「おかしいのはわかっています! 彼は私の家族を殺した張本人です。……そこは許せるものではありません。……けれどそんなことがあってもこの想いが消えることはなかったんです。……愛してもいるし、憎んでもいる。……私はいったい、どうしたらいいのでしょうか?」
涙ながらに訴えてくるメリアに、アビゲイルはなにも言うことができなかった……。




