思い通りになんていかせない
チャリオルトの王宮では、新たな妃を歓迎するためのパーティーが開かれていた。
豪華絢爛なパーティーには国の重鎮たちが集まり、祝いの言葉を述べている。
美食に舌を打ち、味わい深い酒に酔いしれる。
そんな中でも彼らの視線は、一箇所に釘付けになっていた。
「相変わらずお美しい……」
「さすがは妃様たちだ……」
この世の美を集めたようなその場所には、三人の妃と一人の王がいる。
その妃たちのなんと優美なこと……。
人々はまるで神の如く麗しいその姿を、目に焼き映さんが如く見つめている。
そんな熱い視線を集める妃たちの一人が、そっと口を開いた。
「…………陛下ぁ? 新しい妃はまだきませんこと?」
まさに鈴を転がしたような声で囁くのは、どことなくねっとりとした話しかたをする女性だった。
雪の如く真っ白な肌に、黒々とした美しい髪。
紫色の瞳を国王イスカリに向けつつ、体をしならせる。
色気たっぷりな女性の名前はウィンディ。
第一王妃である。
「この国にきてから一週間ほど。お顔を拝見しておりませんわぁ」
「仕方ありませんよ。陛下のお怒りを買って、しばらく謹慎していたんですから」
「あら、そういえばそうだったわね」
くすくすと笑うウェンディとともにいるのは、第二王妃ミンメイ。
小麦色の肌と金色の髪、緑色の瞳を持つ勝気そうな女性だ。
彼女は楽しそうに笑うウェンディをさらに喜ばせようと、あれこれ口を開く。
「ウェンディ様がいらっしゃるんだもの。変な姿ではくることができないから、今ごろ必死に取り繕ってるんですよ」
「あら、そんな無駄なことをしなくてもいいのに」
「本当に。どれほど努力しようとも、ウェンディ様に敵うわけがないのに」
楽しそうな二人を黙って眺めるのは、第三妃のメリア。
チャリオルトに滅ぼされたミュンヘン国の王女だ。
深い青色の髪はストレスにより根元が白く変色しており、同色の瞳は虚で光がない。
目の下にはくまができ、頰はこけ唇はガサガサ。
そんな姿でメリアは一言も発することなく、ただ静かにことの成り行きを眺めている。
「どのようなかたなのですかぁ? 同じ妃として、仲良くしたいのですけれど……」
そう口にするウェンディの瞳はギラギラとしていて、どこか攻撃的だ。
明らかに仲良くする気などないのがわかるが、イスカリはそれをわかっていてあえて口を開いた。
「さあな。そもそも来るかすらわからんな」
「――…………そのような勝手を、許されるのですか?」
イスカリの答えにウェンディは目を大きく見開いた。
あのイスカリがそんな身勝手な行動を許すはずがない。
イスカリの望まない行動をとろうものなら、たとえ寵妃であろうともその命はないだろう。
きっと今ごろ新しい妃は相応の罰を受けているころだろうと細く笑むが、イスカリは想定外の答えを口にする。
「あれにはなにを言っても無駄だ。嫌なものは嫌だとやらない子どものような存在だからな」
「…………」
楽しげなイスカリにウェンディは黙り込む。
寵愛を得ているウェンディですら見たことのないような表情に、一瞬眉を寄せてしまう。
しかしすぐに首を振ると、そんなまさかと己の考えを否定する。
イスカリは子どものようだと言った。
つまり彼にとって新しい妃は、女にもなっていないのだ。
そんな存在がウェンディを脅かすなんてこと、あるわけがない。
それなら気にしなくてもいいはずだと、ウェンディが肩から力を抜いた時だ。
会場に一人の女性が入ってきた。
「――…………」
白銀の美しい髪はハーフアップにして、髪飾りには白い羽根。
真っ白な肌に身に纏うのは、同じく真っ白なドレスだ。
胸元からスカートにかけてホワイトパールが散りばめられており、会場の明かりによって神々しく輝く。
だがそんな装いも全て、たった一つを際立たせるためのものなのだとすぐに気づいた。
――それは瞳だ。
この国にとって神聖な色である赤い瞳。
イスカリと同じく、しかし印象が変わるその目は見るものの心を奪う。
炎のような力強さのあるイスカリのものとは違う。
まるで宝石のようなその瞳に、人々はそっと息を呑み見つめる。
熱いくらいの視線を受けながらも堂々と歩みを進める新しい妃は、イスカリと他の妃たちの元までやってくると不敵に笑う。
「来ないと思ったかしら?」
「そうだな。お前は俺の望むことはしないと思った」
「あなたの望むことなんて死んでもしたくないわ」
あまりにも不遜な口ぶりに、ウェンディやミンメイの眉間に皺がよる。
殺されてもおかしくない態度なのに、とうのイスカリはなにやら楽しそうだ。
「だがここにいる。どう説明するつもりだ?」
「あら、自分が言ったこと忘れたの? あなたがいいと言うまで部屋を出るなって言われたから、今ここにいるのよ」
「…………」
イスカリはぽかんとした顔を見せる。
つまりはイスカリの命令を無視してやってきたのだと主張したいらしい。
なんだそれはと片眉を上げたウェンディとは真逆に、イスカリはくっ、と声を上げた。
「なるほど。やはりお前は俺の思い通りにはいかないらしい」
「わかってくれたのなら結構よ」
新しい妃はそれだけ言うと、今度はウェンディたちへと視線を向けた。
「はじめまして。私はアビゲイル・エレンディーレ。――よろしく」
とてもよろしくしようとする顔ではないなと、ウェンディはアビゲイルを強く睨みつけた。




