寵愛を得て
イスカリから出された命令のおかげか、ほかの妃に会いに行けというランカのお小言は減った。
そのかわり……。
「いいですか? アビゲイル様は陛下のお妃様です。陛下との間にお子を成すのが、人生をかけたお仕事だとお思いください。一にも二にもまずは陛下です」
「残念ながら興味ないわ。きっと陛下もね」
「そのようなことございません!」
どうやらイスカリがアビゲイルに会いにきたということが、ランカの中で大きかったようだ。
彼女はアビゲイルを主人と認め、今までのような態度は改めたらしい。
だがその代わりにアビゲイルにイスカリの寵愛を得るようにと、口酸っぱく言ってくるのだ。
「陛下があのように急に妃様をお尋ねになることなど、今までほとんどございませんでした! ですからアビゲイル様は陛下がご寵愛を授けるにふさわしいかたなのです」
「あの人はただ面白いおもちゃが手に入ったから、それを見にきただけよ」
「そこをアビゲイル様の魅力で魅了し、ご寵愛を得なくては……!」
「無理よ」
「無理ではありません!」
先ほどからこのやりとりの繰り返しだ。
アビゲイルはイスカリの寵愛など微塵も興味がないというのに、侍女頭という立場だからかランカのお小言は止まらない。
とにかく主人に力をつけてほしいと、あれこれ言ってくる。
「普通あのような態度をとれば、陛下は間違いなく剣を向けてこられます。だというのにアビゲイル様にはあのように寛大で……。これはすごいことなのですよ!?」
「寛大、ねぇ……」
アビゲイルがあのような態度をとっても許されているのは、ただ特別な力があるからだけだ。
イスカリがアビゲイルを見る瞳に宿るのは好奇心のみで、そこに艶めいたものは一切ない。
だというのに妃の勤めを果たせなんて……。
「とにかく、寵愛なんて私には無理よ。ほかの妃のほうがすごいんでしょう?」
イスカリの寵愛はそっちに向いているのではないのか。
アビゲイルからの問いに、ランカはむぐっと口をつぐんだ。
「……確かに第一妃ウェンディ様は陛下と共にする回数も多いですが……残念ながらまだお子がいらっしゃいません。ほかの妃様もそうです」
「……そう」
「だからこそ! アビゲイル様がお子を成せば、国母となれるんですよ!?」
国母だなんだに興味はないのに。
周りだけが盛り上がるというのは、正直めんどくさいものだ。
はぁ、と大きめなため息をついたアビゲイルに、ランカはギラリとした瞳を向けた。
「アビゲイル様がそのような態度だったとしても、陛下と距離をとるなど不可能です」
「できるわ。こうやって部屋にこもっていれば……」
「それができないと言ってるんです」
ランカは首を振ってアビゲイルの考えを否定する。
「明後日、アビゲイル様の歓迎会が開かれます。そこには参加しなければなりません」
「歓迎会? ……はっ、馬鹿馬鹿しい。出ないわよ、そんなもの」
「不可能です」
ランカは人差し指を立てると、力説してくる。
「そのようなこと陛下がお許しになるはずがありません。あの陛下ですよ? 衛兵にでも命じて、無理矢理にでも連れていかれるに決まっています」
「……そこまでする?」
「します。アビゲイル様は主役なんですよ? その主役がこないなんて、あの陛下が許されるわけがありません」
確かに言われてみればそうだ。
アビゲイルが主役のパーティーで、そのアビゲイルが顔を見せないなんてあのイスカリが許すわけがない。
ありとあらゆる手を使い、アビゲイルを会場に連れて行く姿が容易に想像できた。
「……つまり行かなきゃだめ、と?」
「もちろんです。たとえ着飾っていない姿であろうとも、簀巻きにして連れていかれるに決まっています」
「…………」
その姿も簡単に想像できてしまったため、結局は行かなくてはダメなのだと察した。
せっかくほかの妃と顔を合わせなくてすむと思っていたのに。
「……もしかしてそこもわかってて、わざとパーティーなんて開くのかしら……?」
可能性はある。
あのイスカリのことだから、嫌がるアビゲイルを見てニヤけるつもりなのかもしれない。
「…………それは癪ね」
アビゲイルはふむ、と腕を組む。
どうせ妃たちの前に出ざるをおえないのなら、下にみられるような行動は避けたい。
下手に絡まれるのが一番面倒だからだ。
「――ランカ」
「はい?」
ならやることはひとつだ。
アビゲイルは立ち上がると、衣装などが置かれている部屋のほうへと足を進める。
「パーティーの準備をするわよ」
「――アビゲイル様! ついにご寵愛を得ようと……!」
「それは興味ないわ」
エレンディーレから持ってきた数多のドレスを見ながら、アビゲイルは不敵に笑う。
「興味があるのは妃たちよ。……どうせやるなら徹底的にしたほうが、今後下手に絡まれることもないでしょう」
「…………かしこまりました。陛下を魅了するほど、美しくいたします!」
「話聞いてた? 私は……」
「陛下を魅了できるほど美しければ、ほかの妃様たちに文句を言われることはありません!」
「…………好きにして」
結局ランカとは話が合わないらしい。
まあやる気を出してくれたからいいかと、アビゲイルはドレスを眺めた。




