チャリオルトにて
チャリオルトは大きく、そして豊かな国だった。
広大な大地には田畑が広がり、鉱山には豊富な鉱石がある。
そんな鉱山から採れた色とりどりの宝石を駆使した王宮は、まさに豪華絢爛な建物だった。
「――水の上にあるのね」
美しい朱色の建物。
装飾には緑や金色を使い、建物自体もエレンディーレのものとは違う。
広大な湖の上に立つ平屋建ての建物は中心に王が住み、そこからまるで花弁のように五つの建物が連なっている。
そこが妃の住む場所らしく、アビゲイルを除き三人の妃たちが暮らしているようだ。
ちなみに妃以外のものたちもいるらしく、愛人と呼ばれるものたちは軽く二十は超えているらしい。
彼女たちも細く伸びる橋を超えた先で、共同生活を送っているようだ。
そこらへんもエレンディーレとは違うなと、窓から見える景色を眺める。
広々とした部屋には天蓋付きのベッドと食事をとるテーブル。
区切られた別の部屋にはお風呂やトイレまであるため、この建物だけで全てが済んでしまう。
そのためアビゲイルはこのチャリオルトへやってきてからの三日間、与えられた建物から出たことがない。
「お嬢様。食事の時間です」
「……わかったわ」
チャリオルトへやってきたアビゲイルには、十人の侍女がつけられた。
その中でも頂点に立つ女性、侍女頭のランカは異国からやってきたアビゲイルが気に入らないらしい。
アビゲイルに声をかけるのは最小限で、主人のことをお嬢様と呼ぶ。
どうも彼女は元々別の妃に支えていた人らしく、その人とアビゲイルを比べているようだ。
気に入らないアビゲイルに対する小さな嫌がらせをしているようだが、元々あの最悪な環境で生きていたこの身からすれば、ここでの暮らしは天国に近い。
――もちろん、公爵家とは比べ物にならないが。
「…………」
胸に哀愁が広がる。
公爵家でのあたたかな日々を思い出すと、息がしづらくなった。
慌てて首を振り、頭の中から追いやると足を進める。
すぐに食事をとるテーブルに座ると、目の前に置いてある食事に手を伸ばした。
ランカはアビゲイルを嫌っているが、侍女としての仕事を放棄するつもりはないらしい。
最初は毒や砂、汚れた水を使われていないかと警戒したが、そういったことはしないようだ。
だがまだ油断ならないと少しだけ口をつけて、違和感がないかを確認しつつ食べ進めていく。
「…………お嬢様。本日こそ、他のお妃様がたにご挨拶してください」
「……不要よ」
「――お嬢様!」
力強いランカの声に、アビゲイルは大きくため息をつく。
彼女の言いたいことはわかる。
新参者であるアビゲイルからほかの妃たちに挨拶をするのは当然だろう。
だがそれは、円滑にここで暮らすためのもの。
アビゲイルには必要ない。
「あなたに指図される筋合いはないわ」
「――お嬢様。お嬢様はまだここがどのような場所か知らないのです。いかに陛下から愛されるかが鍵ですが、それだけではどうにもならないこともあるのです」
「つまりお前は、私よりも他の妃のほうが優れていると言いたいのね」
アビゲイルでは他の妃には敵わないのだから、せめてご機嫌とりをしろと言いたいようだ。
なぜそのようなことをとため息をつくアビゲイルに、ランカは眉を寄せる。
「…………三人の妃のうち、第一妃ウェンディ様はお父様が宰相様であり、さらにはその美貌で国王陛下の寵愛を得ています。第二妃のミンメイ様もまた、そんなウェンディ様と共にいらっしゃいます」
つまり腰巾着をしているらしい。
それにしても聞きなれないミンメイという名前。
もしやミュンヘンの王女メリアと同じように、戦争で負けた国の王族でも娶ったのだろうか?
「……こんなことなら、もっとチャリオルトについて調べればよかったわ」
「お嬢様? 聞いてますか?」
気にせず黄金に輝くスープを堪能するアビゲイルに、ランカは大きめなため息をついた。
「このままではあの敗戦国の王女のように、陛下に相手にもされない惨めな妃になってしまう……。私は……そんなやつに……っ」
ぶつぶつと呟かれるランカの声は耳に届いていた。
なるほど彼女が必死になるのは、なにもアビゲイルのためではないようだ。
つまりは王に相手にもされず、ほかの妃からも馬鹿にされる惨めな妃の侍女にはなりたくないらしい。
自分たちの主人である妃が寵愛を受ければ、それだけほかの侍女たちに大きな顔ができる。
ランカはそれを望んでいるようだが、残念ながらそれはありえない。
「残念だけれど、私は寵愛とやらに興味はないわ」
ここにきただけで、イスカリとの約束は果たした。
アビゲイルが彼の妻となった時点で、エレンディーレとチャリオルトの戦争は止められたのだ。
ならあとは、ここで静かに暮らすだけのこと。
――命尽きる、その時まで。
「残念だけれど、あなたの夢は叶わないわ。だから今すぐにでも――」
他のところに行くようにと伝えようとしたアビゲイルの耳に、なにやら騒がしい声が届く。
ランカにも聞こえたらしく、揃って扉のほうを見る。
何事かと驚くアビゲイルたちの前で、引き戸の扉が勢いよく開かれた。
「――三日、待ってやったぞ。チャリオルトはどうだ? 我が妃、アビゲイルよ」
そこには、不敵に笑うイスカリがいた――。




