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【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


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122/157

◯◯◯◯◯

「――なにが起きている? おい、いったい……」


「へ、陛下っ……!」


 下半身を仄暗い闇に飲まれた男は、上半身だけを出した状態で顔を真っ青に染めた。


「か、下半身の……感覚がないんです……っ、な、なんですかこれは……!?」


 戸惑いに語尾がどんどんと叫ぶように大きくなる。

 必死に穴を出ようとするがそんなものは無理だと鼻で笑えば、イスカリの鋭い視線がアビゲイルへと向けられた。


「――第一王女、アビゲイルだな」


「そうよ。あなたが撃たせた、ブラックローズ公爵の婚約者」


 アビゲイルは真正面からイスカリの鋭い視線を受けたが、不思議と少し前のような恐怖は感じなかった。

 腹が据わったからか、はたまた他の理由があるのか。

 まあどちらでもいいかと、アビゲイルはアリシアに視線を向けた。


「アリシア。グレイアムを」


「あ、――はい」


 今は少しでも早く、グレイアムの傷を癒したい。

 アビゲイルの言葉に急ぎグレイアムの傷を手当てしようとしたアリシアが、ふと首を傾げた。


「――あれ? これって……」


「どうしたの?」


「――……いえ。なんでもありません」


 アリシアの手から温かな光が溢れ、グレイアムの体を包み込む。

 なんだっていい、彼が生きていてくれるのなら。

 アビゲイルは眉間に皺を寄せるグレイアムの横顔を確認した後、改めてイスカリと対峙した。


「これはなんだ?」


「説明する必要あるかしら?」


「――…………ふむ」


 アビゲイルの反抗的な態度にも気を悪くした様子のないイスカリは、穴に埋まる自身の部下を見おろした。


「下半身の感覚がないと言ったな?」


「は、はい……。なんとなく、感覚的にわかるんです。……こ、これは、だめです。この穴に入ってはダメです……っ」


 ポロポロと涙を流した従者は、何度も首を振る。


「陛下っ! ど、どうか、お助け――」


「なら全身入れ。その穴がなんなのか、身をもって俺に知らせろ」


 従者の顔が絶望に染まるが、イスカリはそんなこと気にする様子もない。

 楽しそうに足を組むと、ワインをゆったりと回す。


「俺の従者なら俺のためになることをしろ。――それとも、できないのか?」


「――……」


 最初は顎。

 次に手が震え出し、やがて全身がガタガタと震え出す。

 歯がカチカチとなる中、従者は涙を流したまま歪に笑う。


「――か、かしこまりました。……陛下の、お心のままに…………っ」


 従者は手を離す。

 自ら死の穴へと体を投じようとしたその時、アビゲイルは指を鳴らした。

 パチンっという音とともに、穴はなくなり従者は恐怖に気を失ったのか、五体満足で床に倒れ込んでいる。


「――なるほど。あの穴はアビゲイル王女が自由自在に操れるんだな。……そして今の様子。あの中に入ったら、おおかた死ぬといったところか。だから慌てて消したんだろう?」


 お優しいことだと鼻で笑われて、アビゲイルの眉間に皺がよる。

 たったあれだけの行動で、ここまで読み取られるとは思わなかった。

 アビゲイル自身も、ここまで自由自在に操れるなんて今の今まで知らなかったというのに。


「――これ以上好き勝手するのなら、次はあなたを堕とすわ」


「どこに?」


「…………死の世界へ」


 アビゲイルから自身の考えを肯定するような言葉を受けたからか、イスカリは大きく目を見開いたあと、その目元を手で隠すように覆った。

 くつくつと不気味に笑うと、今度は腹を抱えて大笑いしてみせる。


「――ははっ! はははっ! 死の世界、死の世界か! ――おもしろい!」


 目元を隠す指と指の間から、烈火の如く輝く赤い瞳が姿を現した。

 轟々と輝く炎のようなその瞳は、アビゲイルを強く捉える。


「己を終焉の神とでもいうつもりか?」


「さあね。けれど――私ならあなたを一瞬で終わらせられるわ。……試してみる?」


 指差しを向ける。

 足元に手のひらほどの穴を作ってみせるが、それをイスカリが見ることはない。

 まるでその瞳にアビゲイルを捕らえたかのように、瞬きすらせず見つめてくる。


「傲慢な女だ。自らが神である可能性を否定しないか」


「あなたこそ。人の命を……心をなんだと思ってるの」


 傲慢はどちらだと聞けば、イスカリは両手を広げた。


「俺は王だ。王は神に最も近い。――傲慢でなにが悪い?」


「――クソやろう」


 生まれて初めて使った言葉は、思ったよりも口馴染みがよかった。

 心の底から思った言葉だからかもしれない。

 いっそこのままこの男を穴に引き摺り込めたらどれほど楽か。

 だがそれができないことを、イスカリは理解しているのだろう。


「俺を殺すか? 終焉の神よ――」


「…………」

 

 今ここでイスカリを殺せば、チャリオルトにエレンディーレを攻撃させる大義名分を与えてしまう。

 それだけはしてはいけないのだ。

 アビゲイルたちの目的は、戦争を回避することなのだから。

 黙り込んだアビゲイルに、イスカリは大きく口端を上げた。


「残念だ。あの穴の先を見てみたかったのだがな」


「――っ」


「だがおかげでたいそう面白いものが見れた。だから先ほどのエレンディーレ国王のつまらない返答はなかったことにしてやろう」


 なにがなかったことだ。

 そのせいでグレイアムは撃たれたというのに。

 イスカリは楽しそうにワインを一気飲みすると、テーブルに空のグラスを投げ捨てた。


「俺の要求はわからない。エレンディーレの王女を俺の妻に寄越せ」


 ワイングラスはゴロゴロとテーブルの上を転がり、アビゲイルの元へとやってくる。


「だが癒しの女神はもういらん。俺は癒しの力より、死の力が欲しい」


 テーブルの端から落ちたワイングラスは、まるで鏡のように虚ろな瞳をしたアビゲイルを映し、そして地面へと向かう。


「――アビゲイル。お前が俺の元へ来い。――戦争を回避するのは、それしか方法がないと思え」


 ――ワイングラスは、粉々に砕け散った。

 

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