面白いことが好き
「お前たちのいいたことはわかっているが、あえて聞こう。俺は話も聞かないような王ではないからな」
手に持つワインをクルクルと揺らしながら、イスカリは楽しそうだった。
今からどれほどの道化が見れるかワクワクしているようにも感じられ、アビゲイルは人知れず眉を寄せる。
エレンディーレとフェンツェル。
二つの国の明日がかかっているというのに、イスカリはまるでおもちゃを前にした子供のようだ。
だがなにもいうことはできない。
なぜなら全ての決定権は、彼が持っているのだから。
「ありがとうございます。お話も聞いてくれない王だったらどうしようかと思ってました」
「オルフェウス。そんな軽口を許されているのはお前くらいだ。感謝しろ、俺に」
「もちろん感謝してますよ。イスカリ陛下の寛大なお心と、よく回るこの口に」
オルフェウスの言い方にギョッとするアビゲイルたちだったが、イスカリは大きく鼻を鳴らす。
「やはりお前は面白い。……ふむ、お前が俺の下にくるというのなら、フェンツェルという名前くらいは残してやっても構わないぞ?」
やはり傲慢な男だ。
たとえエレンディーレとフェンツェルが手を組んだとしても、自国が勝つと自負しているのだ。
だからこそのそのセリフに、オルフェウスはにっこりと微笑む。
「それはそれは……。イスカリ陛下のお心遣いには感服いたします。――ですが、それをわたしが受け入れたとして、あなたは本当に納得しますか?」
オルフェウスの顔から笑顔が消える。
鋭い視線をイスカリに向けるオルフェウスに、アビゲイルは無意識に息を呑んだ。
両国王から発せられる力強い圧力に、負けてしまいそうになる。
「――……お前は本当に面白いやつだ。そして俺のことをよくわかっている」
イスカリはその答えに満足したのか、一気にワインを飲み干すと追加を要求する。
彼の側近だろう男がやってくると、毒味を終えたワインを差し出した。
こんな風に明け透けに毒味をするあたりも、エレンディーレという国を下に見ているのがわかる。
「だがエレンディーレの国王は違う。……お前はどうする? どうせその話をしたかったんだろう?」
矛先がヒューバートへと向けられ、空気が一気に重くなった。
この場にいる誰も彼もが、ヒューバートの行動に注視する。
「……そうだな。我々の望みはもうご存知のようなのでお伝えよう。エレンディーレとフェンツェル、どちらにも手出ししないでいただきたい」
「…………」
真正面からいったなと、アビゲイルはヒューバートの横顔を見つめる。
下手にあれこれ言い繕うよりはよかったのかもしれないが、イスカリはつまらなさそうだ。
「なんの捻りもないか……。つまらない男だな」
「僕はイスカリ陛下のことをなにも知りませんので。面白いことを述べられず申し訳ない」
「…………本当につまらないな」
イスカリはゆったりとワインを喉に流し込むと、そっとグラスをテーブルに置いた。
「少なくとも今のままではこのエレンディーレは滅びるが……どうする?」
「……もちろん回避する」
「だが少なくとも俺は、この国を残そうとは思えないなぁ……」
とん、とん、と指でテーブルを叩いたイスカリは、苦い顔をするヒューバートを眺める。
「なぜこの国を残したい?」
「僕の国だからだ」
「なるほどつまらん! もっと面白い意見があればいいのだが……」
イスカリは考えるように視線を彷徨わせる。
その間にもどんどんとヒューバートの顔色が悪くなっていく。
どうするべきかと頭を回しているのだろう。
イスカリが口を開く前に、ヒューバートが声を上げた。
「――僕にはあなたの望む答えを出すことはできないだろう。……だからこそ聞きたい。どうしたら戦争を回避することができる?」
「……なるほど。つねに真正面からくる、か。……ふむ、それはそれで面白いものだな」
イスカリのツボがわからないが、今回は面白いと思わせられたらしい。
部屋の空気に期待が滲む。
このままイスカリの気分を上げて、うまくことが動かせればと願った時だ。
話は急展開を迎えた。
「どうすれば戦争を回避できるか……か。もちろんそれなりの覚悟あってのことだろうな?」
「もちろんだ。戦争を回避できるのなら……」
戦争になってしまえば、国もなにもない。
ヒューバートの覚悟が決まった瞳を真っ直ぐに見つめたイスカリは、右の口端だけをグッと吊り上げた。
「――いいだろう。……ミュンヘンのことは知っているか?」
「……戦争に負けたんだろう? 王族は処刑されたと聞くが」
まさか王族の命を、と言い出すのではないよなと身構えてしまう。
「そうだ。だが一人だけ生きている。今は俺の妻だ」
「――そういえば……」
国のためにイスカリの妻になったミュンヘンの王女、メリア。
彼女のことを思うと、胸が張り裂けそうになってしまう。
目の前で家族を殺されて、憎い男に嫁ぐなんて……。
そこまで考えて、アビゲイルはハッと顔を上げた。
同じタイミングでヒューバートも理解したのだろう。
彼の顔に焦りが滲む。
「まさか……」
「そのまさかだ。エレンディーレの王女を差し出せ。――俺は、妻の家族には優しいほうだと思うぞ?」
メリアの目の前で家族を惨殺した男がなにをいうのだと、アビゲイルは強く唇を噛み締めた。




