目覚め
そしてその日はやってきた。
王宮中がピリピリしているそんな中、もっともヒリついているのは国王であるヒューバートだろう。
彼は部屋の中を行ったり来たりしていたが、誰もそれを止めることはできないでいた。
その部屋にいる人全員、似た心境だからだ。
アビゲイルはそっと紅茶を喉に流し、鼻から息を吐き出す。
さすがに緊張しているなと己の体の変化に気づき、一旦落ち着こうと周りを見回した。
部屋の中には歩き回るヒューバートと、表情を変えず椅子に座るカミラ、呑気にお菓子を食べるアリシア、そしてアビゲイルの隣に腰を下ろしているグレイアムがいる。
みんながみんな違う行動をしており、それが面白くて肩から力を抜いた。
きっと大丈夫。
きっとうまくいく。
そう心の中でつぶやいていた時、部屋に侍女がやってきた。
「国王陛下、お客様がご到着なされるそうです」
「――………………そうか。わかった」
不自然に動きを止めたヒューバートは、しばしの沈黙ののち頷いた。
もうそろそろやってくるようだ。
オルフェウスと――チャリオルト国王が。
「…………出迎えよう」
皆が立ち上がり、ヒューバートの後ろを追いかける。
その間も誰一人として口を開くことはない。
ただ静かに、出迎えの場所まで向かう。
王宮の入り口。
そこで二人の王を待つ。
どうかうまくいきますように。
どうか同盟が成立しますように。
ここにいるすべての人が願いを心の中でつぶやいた時、馬車が王宮へとたどり着いた。
最初に馬車から降りてきたのはオルフェウスだ。
彼はいつもの穏やかな笑みとは違う、少し緊張した微笑みを向けると、すぐにヒューバートと握手をした。
「――今日はがんばりましょう。我々の全てがかかってますから」
「……わかっている。死ぬ気でやるさ」
オルフェウスとヒューバートは力強く頷くと、次の馬車を待つ。
もちろんそちらが本命だ。
オルフェウスとともに待つと、もう一つの馬車がつく。
みなが無意識にも唾を飲み込んだ時、馬車が開き中から人が降りてきた。
「――」
なるほどこれがチャリオルトの若き王かと、頷きそうになる納得の風貌だった。
真っ赤な長い髪を靡かせた男性は、威風堂々とした態度でアビゲイルたちを見回してくる。
その赤々とした瞳はアビゲイルのとは少し違い、まるで炎のような印象を受けた。
髪の色も同じだからか、なんとなく死の神に似ているかもしれない。
そんな印象を受けたチャリオルト王―イスカリ―は自分を緊張の面持ちで見つめてくるものたちに、馬鹿にしたような笑みを向ける。
「出迎えご苦労。それで? エレンディーレの国王はどれだ?」
まさに傲慢という言葉が似合う男だ。
この男が隣国に戦争をしかけ、勝ち続けている国の王。
予想どおりの見た目に、アビゲイルはこの後の対談がいかに困難か理解した。
「――僕が、エレンディーレ国王、ヒューバートだ。……一応、会ったことはあるんだがな」
「……そうだったか? チャリオルト国王、イスカリだ。今日はよろしく頼む」
差し出された手をヒューバートが握れば、二人は真正面から見つめ合う。
イスカリの様子的に、彼から友好の雰囲気は見えない。
それを受けたヒューバートもまた、なにやら好戦的な視線を向けている。
「――きっと素敵なおもてなしなんだろうな?」
「……お気に召していただけると嬉しいが」
「――イスカリ陛下。会談のお話を受けてくださりありがとうございます」
不穏な空気を払拭するためか、オルフェウスが一歩前に出てヒューバートとイスカリに近づく。
「なにやらお前たちがいろいろやっていると聞いてな。俺は自分の知らないところであれこれ動いているというのが……死ぬほど嫌いなものでな」
つまりはオルフェウスとヒューバートが二人で動いていたことが気に食わないということだろう。
「しかたないでしょう。あなたと対峙するのですから、我々も支度をしないと。あっという間に喰われてしまいます」
「ふんっ。何人も喰ってきたやつがよくいう」
オルフェウスとイスカリは何度も顔を合わせているのだろう。
やりとりが非常にスムーズだ。
やはりオルフェウスは侮れないなと思っていると、イスカリが不意に動き出す。
ヒューバートの横を抜け、なぜかアリシアの前へとやってくる。
「――お前が癒しの女神か?」
「――……」
その言葉にアビゲイルは大きく目を見開いた。
どうしてアリシアをそんなふうに呼ぶのだろうか?
まさかイスカリも転生者で、ゲームの内容を知っているのか?
と疑ったその時だ。
「ローウェル。……我が国の騎士団長の息子から聞いた。エレンディーレの女王が癒しの力を持っていると」
イスカリはアリシアの顎を持つと軽く持ち上げ視線を合わせる。
「――俺は特別なものを集めるのが趣味でな。……その力とやらが本物なら、とても気になる存在だ」
アビゲイルはその光景を見ながらも、イスカリの言葉が耳から離れなかった。
ローウェルという名前を知っている。
それはゲームの攻略対象者であり、傷を負った彼を助けたいと願ったことから、アリシアの能力が目覚めるのだ。
「アリシア、あなた……」
思わずつぶやいたアビゲイルの言葉に、アリシアはにやりと微笑んだ。




