秘密の場
同盟式の翌日。
エレンディーレ、フェンツェルの両国王が一つの部屋に集まり話し合いを行なっていた。
もちろん、人払いをして――だ。
窓も閉められドアの前には口の硬い護衛の兵士を置いて行われる会合は、思ったよりも穏やかな雰囲気で始められた。
「エレンディーレは水が美味しいんですね。だから紅茶も香りが立つ」
「小国ですが、山も多いのでね。確かに言われてみれば水が豊かかもしれません」
紅茶を片手に優雅な時間を過ごしつつも、オルフェウスはそっと瞳を伏せた。
「フェンツェルは雨が多いわけではないので、そこも違うのかもしれませんね」
「……フェンツェルが恋しいですか?」
「いえ。むしろもっとこちらに滞在したいくらいですよ。……ですが、それも叶わない」
オルフェウスはカップをテーブルに置くと、ふと息をついた。
どうやら話し合いを始めるらしい。
オルフェウスは前に座るヒューバートを見た後、横に座るアビゲイルへ視線を向けた。
「お付き合いくださりありがとうございます」
「なんだか場違いな気もするのだけれど……」
「そんなことはありません。アビゲイル王女のご意見もお聞きしたいので」
オルフェウスは珍しく少しだけ背中の力を抜くと、前のめりになって指同士を組む。
「お二人には包み隠さずお話しさせていただきたい。……我々が同盟を組むこと、チャリオルト国王はご存じです」
「――そうか。そうだろうな」
一応秘密裏には動いていたはずだ。
そのためにもアビゲイルという存在を間に挟んでいたのだから。
だがそれでも必ずどこかで情報は漏れ出てしまう。
それをチャリオルトの国王は逃さなかったのだ。
「結論からいうと、チャリオルトとの同盟はかなり難しいかと思います」
「――……」
ヒューバートは黙って腕を組むと、トントントンっと人差し指で肘の辺りを叩く。
予想していたことだろうが、言葉にされると少しくるものがある。
戦争という二文字が、背後に迫ってきているのだから。
「……戦争になる、ということでしょうか?」
「もちろん最善は尽くしますし、わたしの名において必ず三国の王が集まる場を設けます」
「――そこが勝負の場ということですね」
「そのとおり。……そこで、チャリオルト国王を説得できるかどうかにかかっています」
チャリオルトの若き国王、イスカリ。
アビゲイルが知ることといえば、好戦的であることと敗戦国であるミュンエルの王女を娶ったこと。
そんなミュンエル王女の目の前で、彼女の家族を処刑した残忍性。
あとは、近い未来アリシアに好意を抱くということだけだ。
「――」
そこまで考えてふと、アビゲイルはオルフェウスに疑問を投げかけた。
「関係ない話なのだけれど、オルフェウス陛下。一つ質問をよろしいですか?」
「もちろんです。どうそ」
清く答えてくれるようなのでその寛大な心に感謝をしつつ、アビゲイルは口を開いた。
「……妹のアリシアのこと、どう思いますか?」
「――……アリシア王女、ですか?」
ぱちくりと瞼を動かしたオルフェウスは、ふむと顎に手を当てた。
なにやら考えているらしく、その間にヒューバートが片眉を上げる。
「どうした、アビゲイル。お前がそんなことを聞くなんて……」
「いえ、少し気になりまして……」
「今?」
「今」
というのもだ。
オルフェウスとイスカリはミモザの愛続編の攻略対象なのだ。
なのでオルフェウスがアリシアにどんな思いを抱いているかによって、彼を今後も信じられるのかどうかが決まる。
そしてイスカリもまたゲーム通りに動くのかがわかる。
もしオルフェウスがアリシアに好意的なら、ゲームどおりに進行していると仮定して、まずはアリシアから情報を聞き出すのだ。
イスカリの強みや弱み。
最悪はアリシアを説得して、戦争回避のために動いてもらうことも視野に入れなくては。
だからこの質問をしたのだが、確かに唐突過ぎたなと反省する。
隣から向けられるヒューバートの疑うような視線が痛い。
「アビゲイル王女のことです。これも大切な質問なのでしょう?」
「もちろん! とっても大切なお話しです」
アビゲイルが真剣な表情でオルフェウスを見れば、彼はなにやら納得したように頷いた。
「そういうことでしたら、信じましょう。アリシア王女のこと、ですが……」
オルフェウスは困ったように眉尻を下げると、申し訳なさそうな声で告げた。
「とくになにも……。申し訳ないのですが」
「そ、そうですか……」
さすがにまだあのパーティーで話しただけだから、そういう雰囲気にはならなかっただけかもしれない。
とはいえまだオルフェウスはアリシアに対して特別な感情はないようだ。
やはりゲームどおりにはいかないのかと考えるアビゲイルに、オルフェウスはにっこりと微笑んでみせる。
「ご返答として満足していただけましたか?」
「え? あ、ええ、まあ……」
「それはなにより。なら次は僕のお話を聞いていただけますか?」
話なら今もう聞いているのだが、改めていうということは大切な話なのだろう。
アビゲイルは居住まいを正すと深く頷いた。
「もちろんです」
「ありがとうございます。――では」
ごほんっと軽く咳払いをしたオルフェウスは、アビゲイルに向かってまるで握れと言わんばかりに手を差し出してきた。
「アビゲイル王女。チャリオルト国王との話し合いの場に、あなたも同席していただきたい」
「「…………はい!?」」
その提案には、さすがのアビゲイルとヒューバート、そろって声を上げてしまった。




