パーティーは戦いだ
式とはもっと厳かにやるものだと思っていた。
隣国フェンツェルよりやってきた国王、オルフェウスはその美貌と柔和な笑顔により、エレンディーレの民たちを魅了していった。
そんな王は王宮の間にてエレンディーレ国王、ヒューバートと握手を交わし、同盟の条約書にサインをした。
式典はそれで終わりだ。
と、なれば次はもう決まっている。
――パーティーだ。
「いやあ、遠路はるばるよくきてくださった。改めてお礼を申し上げる」
「いえ。今回のことはこちらから願い出たこと。ならばこちらからお伺いするのが誠意というものです」
煌びやかなシャンデリアの下。
人々は語らい合いながらも、美味なる食事に舌を打ち、高価なワインに酔いしれる。
そんな会場で、両国の国王は楽しげにワイングラスを掲げた。
「小難しい話はまたあとで。今は楽しいことをしましょう。ワインのおかわりはいかがですか?」
「いただきます」
ヒューバートが手を上げれば、一人の女性がワインを持って二人に近づく。
使用人かと思って視線を向けたオルフェウスは、現れた人に軽く驚いた顔をする。
「……そちらのレディは?」
「私の妹のアリシアです。オルフェウス陛下とお話してみたいと聞かなくて……申し訳ない」
「はじめまして。エレンディーレ王国第二王女。アリシア・エレンディーレです。オルフェウス国王陛下のお話は、よく兄から聞いておりました」
「――そうですか。はじめまして、アリシア嬢。オルフェウス・フェンツェルです。よろしくお願いします」
誰もが夢見る王子様。
そんな優しい笑顔を向けられて、アリシアもまた美しい笑顔を返した。
まるで絵画のような光景に、会場にいる人々は感嘆のため息をこぼす。
「少しだけご一緒してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ」
「アリシアは僕の隣に座るといい」
「――……はい、お兄様」
一瞬オルフェウスのほうへと向けようとした足を、渋々ヒューバートのほうへと向けたアリシアは、それでも笑みを消さぬまま椅子へと腰を下ろした。
『…………もしかして、アリシア様はオルフェウス陛下に一目惚れを……?』
『アリシア様がフェンツェル王妃となられれば、両国の同盟は安泰ですな!』
『オルフェウス陛下もあのように美しいアリシア様に想われるなんて……悪い気はしないでしょう』
あることないこと話すところは変わらない。
人は噂話が大好きだ。
それも王室のスキャンダルとなると、特にである。
人々の興味がアリシアとオルフェウスの恋愛に向かう。
「オルフェウス陛下、エレンディーレはいかがですか?」
「まだきたばかりですので、もっといろいろなところを見てみたいと思います。それにヒューバート陛下にも、ご案内いただけるようで」
「もちろんですとも! 我が国は山も海も川もありますから、オルフェウス陛下にもきっと気に入っていただけると思いますよ」
「まあ! その時はぜひ、私もご一緒させてくださいませ」
楽しそうな王族たち。
それはこの国の安寧を表していた。
今エレンディーレもフェンツェルも、薄い氷の上に成り立っている。
いつ何時鳴り響くかわからない戦争開始の合図。
それに怯え続ける日々を、両国の国民たちは味わっているのだ。
だからこそ願う。
こんな日々が続くようにと。
「ぜひご一緒に。――そういえば、アビゲイル王女はどちらに? ご挨拶をさせていただければと思ったのですが……」
先ほどまで騒がしかった会場が静まり返る。
まさかこんな楽しい宴の場で、その名前を聞くことになるとは思わなかったのだ。
あのアリシアですら黙り込み、疑いの眼差しをオルフェウスに送っているくらいだ。
誰も彼もが黙り込み、なんとも言えない空気感が会場を漂う。
「アビゲイルなら一旦裏に……。誰か、アビゲイルを連れてきてくれ。陰の立役者だ! みなに紹介しよう」
「――お兄様? 一体なにを……」
「お呼びですか? お兄様」
会場に響いた声。
みながハッとしたようにそちらを振り返る。
淡いクリーム色のドレスを身に纏い、美しい装いでやってきたアビゲイルは、ヒューバートたちの元へと向かうと、正しいお辞儀を見せた。
「私ならこちらにおりますわ」
「おお! 我が妹アビゲイルよ! さあ、頭を上げてこっちへ」
「ありがとうございます」
ヒューバートの言葉のまま頭を上げたアビゲイル。
そんなアビゲイルの元へとオルフェウスはわざわざ足を進め、その手を取り指先に唇を落とした。
「――お久しぶりです。アビゲイル王女。お元気でしたか?」
「お心遣いありがとうございます。オルフェウス陛下。陛下もお元気でしたか?」
「もちろんです。アビゲイル王女からのお手紙を、日々楽しみにしておりましたから」
オルフェウスはアビゲイルをエスコートすると、己の隣へと座らせるため椅子を引く。
アビゲイルがちゃんと座ったのを確認してから自らの席へと戻るその姿に、人々は驚きの声を上げた。
『まさか……アビゲイル様とお知り合いなの? アリシア様にエスコートはしなかったというのに……』
『……いったいどういう関係なんだろうか? 少なくとも……オルフェウス陛下はアビゲイル王女を大切にしているのが伝わってくるが……』
『これは、アリシア様……入り込む隙なんてないんじゃ……?』
そんな声が聞こえ、アビゲイルはちらりと視線を横にずらす。
いったいどんな顔をしているのだろうと見れば、痛いくらいの視線を感じた。
「――っ」
アリシアからの射ぬかれるのかと疑うほどの鋭い瞳。
睨みつけてくるその瞳に、アビゲイルは口端をあげる。
まさかこんなところでアリシアにダメージを与えることができるとは思わなかった。
「――オルフェウス陛下。先ほど、お兄様とエレンディーレを見るとの話を聞きましたが……私もご一緒しても?」
「もちろんです。あなたが一緒にいてくれるのなら、とても楽しい日々が過ごせるでしょうね」
さあ、戦いのはじまりだ。




