よき王となるために
「お兄様。次からこのような大切なことは必ず先に伝えるようお願いいたします」
「ん? 伝えてなかったか?」
「伝えられてないです!」
アビゲイルは侍女に髪をセットされながらも、その様子を眺めるヒューバートに噛みついた。
なにも聞かされていないし、こんな展開になるなんて思ってもいなかった。
アビゲイルは今、同盟式に出るための準備をさせられている。
ヒューバートが連れてきた侍女たちにドレスを着せられ、髪をセットされ、化粧をさせられ。
アビゲイルが椅子に座ってから早くも一時間が経とうとしていた。
「まあいいじゃないか! どちらにしろアビゲイル。お前はこの同盟の立役者。式には出ることになったんだから」
「……もういいです。ですが次回同じようなことをしたら……わかってますね?」
にっこりと微笑みながら伝えれば、ヒューバートは途端に背筋を伸ばし激しく首を上下に動かした。
「わ、わかってる! 必ず伝えるさ……!」
「……ならいいです。それで? チャリオルトとの件、どうなってるんですか?」
大きめなため息をすれば、ヒューバートの顔色が変わる。
明らかにアビゲイルの様子を確認している姿に、しかたないと話を変えてあげた。
もう怒っていないとわかったのだろう。
ヒューバートはぱあっと表情を明るくした。
「そうだな。アビゲイルは知る権利がある」
ちょうどそのタイミングで身支度が終わったらしい。
侍女たちはヒューバートからの指示でいなくなり、部屋には二人だけだ。
「うん、美しい。さすが僕の妹だ」
アビゲイルは今、淡いクリーム色のドレスを身に纏っていた。
スカートの裾の方には青色の花々が刺繍されており、同じ色の飾りも結い上げた銀色の髪に飾られている。
赤目であるアビゲイルに嫌な顔ひとつせず、淡々と仕事をこなした侍女たちには驚いた。
いつもならアビゲイルに触れることなんて絶対に嫌がるのに。
ヒューバートが連れてきたものだからか、はたまた王太后、カミラの意識が変わったからなのか。
どちらにしろこの王宮も変化の最中のようだ。
「どうも。……それで?」
「チャリオルトか……。厄介なものだ。まだ宣戦布告などはされてないが、どうせ次はフェンツェルかエレンディーレで決まっている。――先が後かの差など、たいしたものではない」
「……そうですね」
どうせ戦争になるのなら、その差はあまりない。
チャリオルトは強大な戦力を持つ国だ。
フェンツェル、エレンディーレが手を組んだとて、勝てるとは限らない。
そんな国に目をつけられたら、あとはもう終わりを待つしかないのだろう。
「だからこそこの同盟式を早めた。チャリオルトへの牽制と共に、彼の国に話を通すためにな」
「うまくいきそうですか?」
「難しいだろうな。前にも言ったがチャリオルトの国王は野心家だ。こちらの話を聞いてくれるかはわからない」
アビゲイルはヒューバートの回答に瞳を細めた。
わからないでは困るのだ。
もし本当に戦争になんてなってしまっては、アビゲイルが大切にする公爵家の人々が巻き込まれてしまうかもしれない。
それにまだ復讐は終わっていないのだ。
そんな時に戦争なんて起こされては困る。
そんなわけでアビゲイルはヒューバートを、激励することにした。
「お兄様。一国の長がそのような弱気でどうするんです? この国の行く末はお兄様が握っているのですよ」
「――わ、わかっている。だがこればかりは難しいものがあるんだ……」
オルフェウスとも約束をした。
ヒューバートをよき王に導くと。
だからこれは、アビゲイルの仕事だ。
「わからずとも見栄を張ってください。お兄様が自信を持って動けば、きっと世論は変わります。戦争をしない、させない。強い王となってください」
「……アビゲイル」
ヒューバートはアビゲイルの言葉に瞳を伏せ、なにやら考えているようすだった。
「……うまくできると思うか? 僕に」
神妙な問いに、務めて冷静に返す。
「当たり前です。――お兄様にはこの、アビゲイルがついているんですよ?」
「…………お前は、僕の味方か?」
「もちろんです。お兄様のために、私がしてきたことをお忘れですか?」
「忘れるものか!」
ヒューバートは力強くそう口にした後、ふと息をつく。
「……チャリオルトとの戦争だけは起こしてはならない。それはわかっているが……」
「お兄様には私だけではありません。フェンツェル国王陛下もついていらっしゃいます。共に手をとり、チャリトルトとの交渉を成功させましょう」
「…………」
ヒューバートはしばし考えるように口を閉じた。
その間アビゲイルも待つことにした。
彼はいろいろ考えているのだろう。
今は自分と向き合う時だ。
時間にして二、三分ほどだろうか?
ヒューバートはゆっくりと口を開いた。
「……アビゲイル。そばで見守ってくれるか? ――僕がよき王になるために」
覚悟は決まったらしい。
力強い瞳を向けてきたヒューバートに、アビゲイルは優しい母のような表情を見せた。
彼にはこれが一番効果があるのだ。
「もちろんです。そばにいますわ」
「――そうだな。僕は必ず、よき王となろう!」
拳を握り締めたヒューバートを、アビゲイルは朗らかに見つめる。
これでいい。
これでいいのだ。
彼には素晴らしい王として長く、玉座に座っていてもらわなくては。




