続編
「どうしてって……それはこっちのセリフよ」
アリシアはズカズカと部屋の中までやってくると、ソファに勢いよく座った。
「どうしてこの件にあなたが関わってくるの?」
「この件って……」
「戦争の件でしょう? だから来たのに……」
どういう意味だ。
なぜアリシアが知っているのだ。
この件はアビゲイルとグレイアム、そしてヒューバートしか知らないはずなのに。
困惑するアビゲイルをよそに、アリシアは話を続ける。
「まあ? まだ続編の攻略対象と接点を持つのは早い気はしてるんだけれど、そこはそれよね。彼らだって私に早く会いたいでしょうし」
「……続編?」
「は? なに? あなた続編やってないの? 『ミモザの愛』には続きがあるのよ」
なんだそれは。
どういうことなのだと困惑するアビゲイルに、アリシアは説明をきてくれた。
「ミモザの愛で死の神を封印したアリシアは聖女と呼ばれ、エレンディーレのみならず近隣諸国からも称賛されるわ。そんな中で始まる続編では、アリシアを妻にと望む男たちが現れるの」
思い出してきたのだろう。
うっとりとしつつも、アリシアは話を続ける。
「一人はフェンツェル国王、オルフェウス。優しくもどこか裏のありそうな彼は、アリシアを愛し妻にと望むのよ。彼とのエンドはそれはもう素晴らしいハッピーエンドになるの」
オルフェウスが?
とアビゲイルは怪訝そうな顔をしそうになる。
彼が誰か一人に心奪われるなんて、想像もできない。
まあアビゲイルは彼の腹黒いところをよく知っているからかもしれないが……。
「もう一人はチャリオルトの若き王、イスカリ。この男がまた最高なのよ……!」
赤く色づいた頰に手のひらを当てつつ、アリシアは当時のことを思い出しているようだった。
「彼は治癒の力を持つアリシアを誘拐するの! 誘拐されたアリシアはイスカリに反発して、そんな彼女に強い興味を持つのよ。己に屈しない強い女だって。……そこからが本当にいいの。アリシアの喜ぶことをしたり、逆に傷つくようなことをしたり。……イスカリの頭の中はアリシアでいっぱいになってくの!」
「……つまり続編? でアリシアは新たに二人の攻略対象を得るのね?」
「そうよ! ミモザの愛は続編のほうが人気なの! さらにいうなら攻略対象一位はイスカリ! 二位は同率でオルフェウスとグレイアムよ」
「……そう」
これはたぶんグレイアムも知らない情報だろう。
アビゲイルは必死に頭の中に書き記していく。
この話はグレイアムから聞くことはできない。
アリシアからしかもらえない情報なのだ。
「二人と出会うのはまだ先なんだけれどね? 少しくらい接点を持っててもいいでしょう? だから今日きたのよ」
「……今日? 今日なにかあるの?」
「あら? 知らないの?」
アリシアは驚いたように目を見開きつつも、髪先を指に巻きつけて遊ぶ。
「エレンディーレとフェンツェルが同盟を交わす日でしょう?」
「…………そうなの?」
そんな話になってるなんて知りもしなかった。
今日は戦争及び同盟の話をするだけだと思っていたのに、まさか同盟を交わす日になるなんて。
「……あの馬鹿っ」
思わずボソッとこぼれ落ちた言葉は、アリシアには届かなかったようで安心した。
あとでヒューバートにはお仕置きをしなくてはならない。
こんなに大切なことを言い忘れたにしろ黙っていたにしろ。
「まあ? この後本当なら死んでしまうアビゲイルには関係のないことだけれどね。……ただ気になったのよ」
アリシアは立ち上がると、アビゲイルの前へとやってきた。
「なんであんたが今日、ここにいるの?」
「なんでって……」
「お兄様がどうしてあんたを呼んだのか理解できないわ。……あなた、一体裏でなにを――」
――コンコン
ドアをノックする音が、アリシアの言葉を遮った。
扉が開き、中にグレイアムが入ってくる。
「――アリシア? どうしてここに……」
「お姉様とお話ししてたの!」
先ほどまでの責めるような雰囲気はどこへやら。
アリシアは花が舞うような空気を醸し出すと、グレイアムのそばまで向かった。
「それじゃあ、私は同盟式のためにそろそろドレスの準備しないと! お姉様、またあとでお会いしましょう。グレイアムも」
にっこりと微笑んで手を振りつつ、アリシアは部屋を後にした。
変わり身の速さに感心していると、戻ってきたグレイアムが眉間に皺を寄せる。
「大丈夫か? アリシアとなんの話をしていた?」
「話したいことがたくさんあるけれど……ひとまず、同盟式の件よ」
ミモザの愛の続編の話は、あとで時をみて伝えたほうがいいだろ。
それよりも先に話すべきことは、今から起こることだ。
「俺も聞いた。どうやら宰相は俺がオルフェウス陛下と接点があることを知ったらしくてな。歓迎の宴について意見を求められた」
「なるほどね……。それにしてもお兄様、どうしたらいいかしら?」
こんな大切なことを知らせないなんて。
怒りに顔を歪めたアビゲイルの拳は、強く握られている。
許されるのならこの拳、あの頰にぶつけてやりたいくらいだ。
そんなことを思うアビゲイルの元に、まるで演劇のように扉を盛大に開いてヒューバートがやってくる。
「我が愛しの妹アビゲイル! さあ、今日は最高のパーティーにしよう!」
そういうヒューバートの後ろから大量のドレスと共に使用人たちまでやってきて、さすがのアビゲイルも拳を納めるしかなかった。




